第9話 カウマイは「宴」である。
1.
廊下の電気も消えている。
そのことに気付くと僕たちは慌てて、廊下に出て、他の教室や昇降口、職員室にも行ってみた。
誰もいなかった。
世界が死に絶えたかのように、学校の中では何も物音はせず、どこの場所も電気がつかず、全ての出入口に鍵がかかっていた。
窓も昇降口の玄関も、鍵を外しても何故か開けることが出来なかった。
どうなっているのか?
訳がわからなかった。
黒須が苛立ったように窓を何度も殴りつけたが、窓は僅かに震えるだけでビクともしなかった。
クスリ。
という密やかな笑い声を聞こえてきて、僕は反射的に横を向いた。
ユカリが、いつもは油じみた思い黒髪に隠された目を大きく見開き、食い入るように、窓を殴り続ける黒須の姿を見つめていた。
ユカリはこれ以上はないというほど、大きく口を開けていた。
まるで大声で笑っているかのように大きく開き、歯をむき出しにしていた。
表情は嘲笑で歪み、今にもゲラゲラという笑い声が聞こえてきそうだった。
僕はゾッとして顔を背けた。
2.
やがて暴れ疲れた黒須が、不貞腐れたように僕たちの下に戻ってきて荒々しく床に腰を下ろす。
床には夕貴が見つけてきた、ランタン型の電灯が置かれ、オレンジ色の弱々しい光を放っていた。
薄暗い中、小さな電灯に照らされているだけだと、毎日会っていて見慣れているはずのクラスメイトの顔が見も知らぬ人間のものに見える。
……それどころか、人間かどうかすら疑わしく見えてくる。
人間に模した人形を代わりに置かれても、気付かないのではないか。
僕はちらちらと薄闇の中で不鮮明な他の五人の顔を見ながら、そんなことを考えた。
「一体、どうなっているの?」
しばらくの沈黙のあと、璃奈が耐えきれなくなったように、悲鳴のような泣き声を上げた。
「みんな、璃奈たちがいることに気付かないで帰っちゃったの? 璃奈たち、閉じ込められたの? ねえ、早く誰かに連絡しようよ。職員室の電話を使って、警察とかに連絡すればいいんじゃない?」
璃奈は自分の言葉に励まされたように、幾分、顔を輝かせる。
「そうだな、職員室に電話があるもんな」
シノが璃奈に同調するようにそう言い、僕も何度も頷いた。
そうだ、誰か大人に連絡すればいい。
学校にはスマホの持ち込みは禁じられているから、この中の誰も持っていないけれど、職員室になら電話がある。
警察でなくとも、親に連絡するか、職員室に行けば誰か先生の連絡先が分かるだろう。
しかし顔を輝かせている僕や璃奈とは対照的に、夕貴は暗い顔をして黙っている。
「夕貴、どうしたの?」
璃奈はそれが日常的な癖になっている、甘えるような鼻にかかった声を出し、夕貴の顔を覗き込んだ。
夕貴は璃奈のほうを見ようとはせず、そのままの姿勢で呟いた。
「……電話は通じないんだ」
「え?」
「さっき、職員室に行ったときに試したんだけれど……」
夕貴は職員室に行ったときに電話で先生や親に連絡を取ろうとしたが、電話からは何も音が聞こえなかったらしい。
「どうも通じていないっぽいんだ」
「電話線が切れているってことか?」
恐る恐るといった様子のシノの言葉に、夕貴は曖昧な仕草で首を傾げる。
自分にも事情はわからない。
夕貴の端整な顔は、言葉よりもはっきりとそう語っている。
「何で?!」
璃奈が突然、悲鳴のような甲高い声を上げた。
人形のように可愛らしい顔が、理解できないことに対する恐怖で、限界まで引き歪んでいた。
「何でなの?! 電話線が切れているって何? 誰がそんなことをするの? 何で? おかしいよ、こんなの! 先生たちだって、どうして璃奈たちがまだいることに気付いてくれなかったの? 何で璃奈たちを残して帰っちゃったの?」
璃奈は叫び、大声で泣き出した。
そうすればどこからか、その声を聞きつけた誰かがやって来て助けてくれるのではないか。
そう期待しているように僕には感じられた。
璃奈はただただ「自分のことを忘れるなど許せない、おかしい」という感情を爆発させているだけのようだが、確かに先生たちが見回りもせずに帰ってしまうのはおかしい。
第一、窓が開かない、電話が通じない、そんなことが有り得るだろうか?
不意にけたたましい笑い声が、薄暗い教室の中に響き渡った。
璃奈ですら泣くことを止めたほど、その笑い声は大きく、毒ガスのように暗い教室の中に充満した。
僕たちの視線は、笑い声の主に集中した。
ユカリが口の端を限界まで吊り上げて、おかしくてたまらないという風に笑い声を立てていた。
「何がおかしいんだ、てめえ」
黒須がゆかりを睨みつけて凄んだが、その声は常にない、怯えのような躊躇いが含まれていることに僕は気付いた。
ユカリは悪意が揺らめく眼差しで黒須を見つめ、次いでその視線で他の四人の顔もひと撫でした。
それからまた、おかしそうにクスクスと笑った。
「ね、ねえ、どうしたの?」
璃奈の問いに、ゆかりは笑いながら呟いた。
「カウマイでしょう?」
ユカリの言葉に、僕たちは息を飲んだ。
ユカリは僕たちが反応するたびに、滑稽で堪らないという風に耳障りな笑い声を立てる。
「これはカウマイよ。間違いないわ」
ユカリは僕たちを見つめながら、嬉しそうに言った。
カウマイは「宴」である。
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