第24話 カウマイは「淵」である。
「黒須を、殺……した……?」
シノはまじまじと夕貴の白い顔を眺めた。
ひどく出来の悪い冗談を聞かされたかのように、何とか唇を吊り上げようとひくつかせた。
「おいおい、お前ら、本当にいい加減に……」
シノは夕貴を見ていても埒が明かないと見てか、床にうずくまっている僕のほうに視線を向ける。
自分の両肩を抱き締めたまま、震えを止めることが出来ない僕の姿を見て、シノの顔から血の気が引いていった。
「嘘……だろ?」
夕貴も僕もシノの言葉に反応しない。
またしても不気味な沈黙が、薄暗い教室の中にもやのように広がっていく。
「う……うそ、嘘だ……っ」
今にも叫び出しそうになったシノの腕を、夕貴が不意につかんだ。
「声を出すなっ!」
小さく鋭い声でシノの叫びを押し止める。
「何っ……何で……っ!」
泣きそうなシノの声に、夕貴は低い声で答えた。
「外に黒須を殺した奴がどこかにいる。今だったら僕たちがいることをまだ知らないかもしれない……」
シノは分かったともわからないともつかない様子で、ただひたすら首をがくがく震わせた。
その目は恐怖で張り裂けんばかりに見開かれている。
夕貴は不意に、教室の隅にわだかまった黒い塊のほうへ目を向けた。
「ユカリ……、聞いていただろう? 黒須が……その、殺されていた……。今はとにかく……黒須をそうした奴に見つからないようにする」
しばらく返事はなかった。
一体、ユカリは本当にそこにいるのだろうか?
僕たちがそう訝しんだ瞬間、おかしそうな笑いをまとわりつかせた声が耳に届いた。
「相川璃奈はどうしたんだい?」
ひどく愉快そうなユカリの言葉に、僕たちは一様に黙り込んだ。
シノも含めて、僕たち三人は璃奈がいなくなったことに気付いていた。他の二人がそのことに気付いていることにも気付いていた。
僕たちは頭がどうにか働き出すと同時に、「璃奈がいないことに気付いていること」をお互いに口に出さないように「恐怖の余り璃奈のことを忘れているという設定」を暗黙の了解によって成り立たせていた。
カウマイは「
ユカリは突然、爆発的に発作的に笑い出した。
その嗤いは、静かで暗い空間に恐ろしいほど大きく強い響きをもって殷々と木霊した。
その余りの大きさに、僕は反射的に耳をふさぎ目を閉ざした。
「黙れ!」
シノが暗闇に向かって叫んだ。
しかし、笑いは止まない。
それどころかますます大きく、闇に閉ざされた世界に響き渡る。
その声は教室に充満し、あふれ出し、学校中に届くのではないかと思え、僕はそのことに恐怖し震え続けた。
僕の頭の中では、学校のどこかを歩いている大振りのナイフを持った殺人鬼がユカリの笑いを聞きつけ、愉悦に顔を歪めている映像が浮かんでいた。
「ふざけんな! 黙れよ! バレるだろ! 俺たちがここにいることがっ……」
シノがほとんど泣き声のような悲痛な叫びをあげた瞬間、僕の隣りに立っていた夕貴が無言で闇のほうへ歩み寄った。
そしていきなり。
その闇の中にある黒い塊のようなものを、すさまじい勢いで殴りつけた。
僕はその光景を、ぽかんとして眺めた。
自分の目の前繰り広げられている光景が信じられなかった。
それはシノも同じようで、今にも泣き出しそうな顔のまま凍りついたかのように、言葉もなくその光景を眺めていた。
先ほど、黒須がユカリを痛めつけた凄惨な暴力と変わらない激しさでもって、夕貴は二度、三度と容赦の無い力でユカリを殴る。
ユカリの口から、微かに悲鳴のような声が漏れた。
夕貴はその悲鳴を聞くと、押し殺した声で囁いた。
「いいか、喋るな。喋るんだったら、ここから出て行ってもらう。わかったか?」
しばらく待ったが、ユカリからの反応がなかったようだ。
夕貴は、いきなり加減のない力でユカリの体を蹴った。
そして、ほとんど残忍とさえ言える声で言った。
「分かったのかわからないのかどっちなんだ?」
今度はユカリが示した反応に満足したようだった。
夕貴はそのまま無言で闇から離れ、僕たちのほうへ戻ってきた。
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