第13話 闇の声

1.


 やっとユカリを縛り終えると、シノはのろのろとした仕草でビニール紐とハサミを片付けた。

 誉め言葉を待つような雰囲気を出すシノに、黒須は傲然とした口調で言った。


「おい、シノ。ちゃんとその女のことを見張っていろ。そいつが何かしでかして俺たちがここから出られなくなったら、お前のだからな」

「分かったよ、黒須」


 卑屈な眼差しをして笑うシノに、璃奈は軽蔑したような目を向けた。

 教室の片隅の黒々とした闇がわだかまる空間の中には、後ろ手で縛られたユカリがいるはずだったが、その姿はよく見えなかった。




2.


 しばらく教室の中には、沈黙が下りていた。

 僕たちはもちろん、黒須でさえ声を出すのが、それどころか呼吸するのすら怖いかのように息をひそめて黙っていた。

 満月に近い月の明かりが射し込む教室の中で、僕たちは時折お互いの顔をちらちらと眺めた。


 ここにいる彼らは、本当に僕のクラスメイトである「彼ら」なのだろうか?

 

 暗い闇の中で、僕の心にそんな思いがよぎる。


 黒須は乱暴で人を虐めつける奴だが、それでもあんなひどいタガが外れた暴力を振るったことは一度もなかった。

 夕貴はいつも明るく毅然としていて、こんなに陰鬱に黙りこくっているところを見たことはない。

 シノは黒須には頭には上がらないが、それでも殴られた女の子を縛るなんて、そんなことをするのは正気の沙汰とは思えない。

 璃奈は自己中心的で我が儘なところはあるが、暴力にあんな風に加担する子には見えなかった。


 一体、彼らはどうしてしまったのだろう?

 それとも僕が知らなかっただけで、彼らは元々そういう人間だったのだろうか?


 夕貴やシノ、璃奈も時折僕のほうに視線を向ける。

 

 その目も、僕と同じように「こいつは本当に自分が良く知っているクラスメイトだろうか?」と疑問に感じているかのような、もっと言うと見知らぬ奇妙な生物でも発見したかのような、僅かな嫌悪と驚きの感情が入り混じっていた。


 ひひひ。


 シンとした教室の中に、引きつるような奇妙な笑い声が響いた。

 僕たちは笑い声が発せられている、教室の片隅の薄暗い部分に一斉に目を向ける。

 その部分は暗くてよく見えず、まるで闇そのものが笑っているように感じられた。


 僕たちはしばらく気圧されたように黙っていたが、黒須がその声を断ち割るような乱暴な口調で叫んだ。


「何がおかしいんだ、てめえ」


 ひひ。

 ひひひ。


 闇が空気を震わせながら言う。


 お前らは馬鹿だね。

 本当に馬鹿な奴らだよ。

 私がカウマイだって?

 ははは、そう信じたいんだね。

 カウマイは目に見えるものだ、自分たちがどうにか出来るものだって信じたいんだね?

 だってどうにも出来ないものだったら大変だものね?

 お前らにはどうすることも出来ないものにここに閉じ込められているのだとしたら、そうしたらもうここから未来永劫出られないっていうことになるものね?

 そんな想像、恐ろしくて恐ろしくて耐えられないものね?

 

 でもね、わかっているだろう?

 私がカウマイだなんて、そんなわけがないことは。


 カウマイは縁である。

 カウマイは円である。


 私は、元々、クラスの中で縁を結ばず、円の外にいたんだからさあ?

 縁でも円でもないものを切って、それで何かも解決出来てめでたしめでたしだったら良かったね?

 

 でもそうはいかないよ。

 そんな風にうまくいくわけないよ。


 ひひひ。


 どうするんだい?

 「殴っても縛ってもいい奴」を選んでも、うまくいかなかった。

 

 さあ次はどうするんだい?

 誰を殴って縛るんだい?

 

 不意に黒須が立ち上がった。

 肩をいからせて闇のほうへ近づき、大きく足を振りかぶり地面を蹴るような動きを見せた。

 何かが蹴られるような鈍い音とくぐもった悲鳴が響き、やがて笑い声が止んだ。

 黒須は怒りに肩をいからせたまま、大きく目を剥いて僕たち一人一人の顔を睨みつけた。


「誰か一人を選ぶ」


 黒須は言った。


「そいつと縁を切り、円の外に出す」


 そう黒須が宣言した瞬間、黒須以外の僕たち全員の頭の中に、同じ思いが浮かんだのがはっきりとわかった。


 誰か一人を選ぶ。

 

 


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