第14話 一人選ぶ

1.


(誰か一人を選ぶ)

(そいつと縁を切り、円の外に出す)


 黒須はそう言って、床に座り込んでいる僕たちをのめつけた。


 僕とシノは黒須に視線を向けられた瞬間、慌てて目を伏せた。ドス黒い塊のようなものが頭の上をゆっくりと通過していくのを、ただ息を潜め、身を縮こまらせて待つ。

 わずかに上げた視線の先には、璃奈が見えた。

 璃奈は僕たちは反対に、黒須の意を迎えるように、必死な表情で黒須の視線を捉えようとしていた。

 黒須の視線が不意にピタリと止まった。


「シノ」


 まるで叩かれでもしたかのように、僕の隣りでシノがビクリと体を震わせる。

 シノが僅かに頭を上げたのが、気配で分かった。

 黒須の声が頭の中に響いた。


「シノ、お前が言ったんだよな? この状況はユカリのせいで、ユカリを縛って輪から外せばカウマイと縁を切ったことになるって」

「いや……その……」

「お前、そう言ったよな? みんなも聞いていたはずだ、シノがそう言ったのを」


 璃奈が勢いよく頷いた。


「うん、璃奈も聞いた。シノがユカリを縛ればいいって言ったのを。そう言った責任も取る、って言っていたわ。ねえ?」


 長いまつ毛に囲まれた、璃奈の大きな瞳が僕のほうへ向けられた。

 僕はいつも、あの目が僕のことを真っすぐに見て、笑いかけてくれないかと思っていた。

 璃奈が僕の目の前にやって来て、話しかけてくれることをしょっちゅう夢見ていた。


 だが今は。

 その眼差しが恐ろしかった。


 僕が口の中ではっきりしない言葉を呟くと、黒須が僕のほうに顔を向けた。


「お前は聞いていなかったのか? ここから皆で出なくちゃいけないっていう、大切な話し合いの内容を?」


 僕は慌てて首を振る。

 首を振りながら、慌てて言った。


「聞いていたよ、聞いていた。シノがそのう……ユカリを縛ろうって言ったのは……聞いたけれど……」


 僕はシノのほうを見ないようにしながらそう言った。

 黒須は満足そうにうなずく。


「そりゃそうだ。シノは確かに言ったんだからな。なんだから、当たり前だ」


 僕はちらりと隣りに目をやる。


 シノは話が進むにつれ、小刻みに痙攣しているかのように震え出した。その顔は、闇の中でもはっきりとわかるくらい恐怖で青ざめている。

 黒須は、そんなシノの様子をジッと見つめていたが、不意にその視線を動かし、先ほどからずっと黙っている夕貴のほうへ顔を向けた。


「夕貴、お前はどう思うんだよ? 皆の運命を決める大事な話し合いをしているのに、だんまりか?」

「そ、そうだよ」


 不意にシノが、驚くくらい大きいな甲高い声で叫んだ。


「カウマイが縁で絶交すればいい、って言い出したのは夕貴だ。こいつが一番最初にそう言ったんだ。そうすればカウマイが終わるはずだって。縁を切って、円を切ればいいって。

 俺は夕貴の言葉がそうだな、って思っただけで……。そもそも夕貴が間違えたんだよ。だから、責任を取るなら夕貴が先のはずだ。元々は夕貴が言ったことなんだから」


 シノがそう言うと、黒須は少し考えこむような顔になった。

 その表情は、ひどく満足そうに見えた。

 璃奈が黒須の表情に素早く視線を走らせてから言った。


「そう言えばそうだったかも。言い出しっぺは夕貴だったよね」


 黒須、シノ、璃奈の視線が一瞬で夕貴に集中する。


 何とか言えよ。

 シノが叫ぶ。


 ねえ、夕貴。夕貴は自分が言ったことについてどう思っているの?

 璃奈が首を傾げながら、無邪気な様で尋ねる。


 お前のせいで、ユカリが殴られて縛られたんだぞ。

 とシノ。


 お前の代わりに、黒須がユカリを殴って俺が縛ってやったんだ。お前、そのことについてどう思っているんだよ?

 そうよ、黒須だってシノだってそんなことをしたくなかったのに、代わりにやってくれたのよ。そのことについてどう思うの? 何でずっと黙っているの? 無責任だわ。


 うわんうわんと頭の中で、シノと璃奈の言葉が大きく反響する。耳をふさいでしゃがみこんでしまいたかった。


 当の本人である夕貴は、蝋のように白い顔をしたまま黙っていた。

 シノと璃奈の責めるような眼差し、その後ろに控えている黒須の満足そうな眼差しにさらされながら、夕貴は躊躇いがちな静かな口調で言った。


「誰かを選ばなくても……いいんじゃないかな」


 シノと璃奈の怪訝そうな眼差しは無視して、夕貴は黒須に視線を向けた。

 夕貴は黒須に向かって言った。


「人の代わりになるものを持ってくればいい。それをカウマイに捧げれば」

「代わりになるもの?」


 黒須は揶揄するように言葉を繰り返した。


「何だよ? 代わりになるものって」


 夕貴は少し黙ってから言った。


「理科室の人体模型。あれなら、僕たちの代わりになるんじゃないかな」



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