第11話 絶交

1.


 カウマイは「縁」である。

 だから絶交すればいい。


 璃奈の話によると「秋くんとか美奈ちゃんとか葵ちゃんとか葉子とか雪とか真緒くんとかがそう言って」おり、隣りのクラスでもそういう話になっているのだ。

 

 僕はその誰ともカウマイの話をしたことがない。

 秋くんや真緒くんとは挨拶くらいしかする仲ではないが、二人がそう言っているのならば間違いないはずだ。

 僕たちの中で、これは明白なことだった。

 何故なら、二人がそう言っていて、皆もそう言っているからだ。

 

 夕貴、黒須、シノも「それが当たり前だ」という顔をしており、僕たちは熱心に「絶交する方法」を考え始めた。




2.


「カウマイは、『円』でもあるんだ」


 夕貴は車座に座っている僕たち全員を見回して言った。


「だからさ、このままの状態のまま、皆で手をつないでそれを解けば、んじゃないかな」


 僕はホッとした。

 内心では、もっと恐ろしい提案がなされるのではないかとびくびくしていたのだ。

 

 僕にとんでもない災難が降りかかるような提案でも、「それがカウマイだ」と言われれば避けることは出来ない。

 ここから皆が出るためなのだ。

 やるしかない。

 やらないと言っても、許してもらえないだろう。


 でも例えば、この「やるしかない」という決断、自分がその決断をしなければならないという恐れを夕貴や黒須、璃奈が感じることはない。


 永遠に。

 カウマイは、そういうものなのだ。




3.


 夕陽の最後の光も消え、教室の中は真っ暗だった。

 時計は八時半過ぎを指している。 

 僕たちはランタン型の灯りを真ん中に置いて、車座に座ったまま、お互いの手を取った。

 

 僕は右手で夕貴の手を取り、左手でユカリの手を握った。

 夕貴の手はサラッとしており温かみが伝わってきた。

 対照的に、ユカリの手は湿原に生える奇妙な植物のように、じっとりと湿り気を帯びていた。

 反射的に引きそうになった僕の手をくわえ込むように、ユカリは強い力で僕の手を締めつけた。


「うわっ、キモっ!」


 ユカリの反対側の手を握った黒須が、聞こえがよがしにそう言った。その声は辺りに響いた後、僕たちを取り囲む闇の中へ吸い込まれるようにして消えていった。


「いいか、僕が合図したらいっせいに手を離すんだ」


 夕貴はそう言ったあと、念を押すようにして言った。


「いっせいに、だぞ」


 夕貴の声には常にない真剣な響きがあり、聞いていると追い詰められていくような心地になる。

 僕の意識は、自分の左手に張り付いている粘るようなユカリの手に集中する。


 この生物は……僕を放してくれるだろうか?


 そんな日常の理を越えた恐怖が、僕の心を強く締め上げた。


「せーのっ!」


 夕貴の合図と共に、僕は夕貴の手とユカリの手を放した。

 湿り気を帯びたユカリの手は意外なほどあっさりと離れていった。

 僕はホッとする。

 しかし、その直後、暗い教室の中に怒声が響いた。


「おい! ふざけるな! 放せよ、てめえっ!」


 ユカリの左手と手をつないでいた黒須が、叫び声を上げる。

 そうしてひどく乱暴に、自分の手を掴んで離さないユカリの手をもぎ離そうとしていた。

 黒須は容赦なくユカリの腕を体ごと振り、自由になった左手で自分を戒めるユカリの手に爪を立てたが、そこから血が溢れてきてもユカリは手を離さなかった。

 残忍な愉悦に満ちたユカリの顔が、ランプの淡い灯りで暗闇の中に浮かび上がる。


 ケラケラケラ、ケラケラケラ。


 ユカリの密やかな笑いは、どこか人間離れして聞こえた。


「カウマイはエンである」


 ユカリは笑いながらそう言った。


 カウマイは宴である。

 カウマイは縁である。

 カウマイは円である。

 

 カウマイは怨である。

 

 カウマイについて語るユカリの声が、僕たちの耳に何重にもなって反響する。

 黒須は怒りに目を充血させて、立ち上がり、足でユカリの細い体を蹴った。何度も何度も。

 その暴力の激しさは、僕たちがそれまで日常で見慣れていた悪ふざけの延長線上にあるものを遥かに超えていた。

 大人が見たら顔色を変えるような、何か恐ろしい深刻な事態になるのではないか。

 それが分かっているのに、体を動かすことが出来なかった。


 璃奈は夕貴にしがみつくようにして、目を大きく見開いて震えている。

 シノは、ただ怯えたように黒須の動きを見守っているだけだった。

 夕貴でさえ何も言うことが出来ず、呆然としたように、地面に伏せたユカリを、なお踏みつけ蹴り続ける黒須の狂ったような動きを見つめていた。

 

 僕たちは、僕たちを守っていた「日常」が、音もなく崩壊していく様をなす術もなくただただ見守っていた。



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