第6話 現実
1.
(ユカリが死んで思ったんだ。僕たちはまだ、円であり宴であるものの中にいるんじゃないかって)
夕貴はそう言った。
黒須は
ユカリは
カウマイはそもそも、夕貴、僕、ユカリ、黒須が含まれる六人が開いた
だとしたら、いずれ僕たちも……。
ユカリが死んだ現場であり、僕たちが六年間通っていた廃校に向かう途中、夕貴が口にしたのはそんな話だった。
そんな馬鹿な。
何を言っているんだ。
そう言いたかった。
僕たちはもう小学校は卒業したんだ。
大人になったんだ。
「カウマイ」なんていう、子供の気まぐれで一時期流行った何の意味もない言葉だ。そんなもののために、人が殺されたり自殺したりするはずがない。
何を馬鹿なことを言っているんだ。
僕は何とかそう言って笑おうとした。
馬鹿にしようとした。
そんな僕の前で、目の前に立つ人間の姿が変わっていく。
僕より少し背が高い、人を惹きつけそうな魅力に溢れた端整な容貌の二十歳の夕貴ではなく、目立たないどこか卑屈で暗い表情を浮かべた細い子供の姿に。
十一歳のときの僕だ。
僕は子供の僕に向かって叫んだ。
馬鹿なことを言うな。
そんなことが世の中にあるはずがない。
お前は子供だから何も知らないんだ。
現実と妄想の見極めがつかないんだ。
そう言って、何とか笑おうとして唇をひくつかせた。
子供は重く垂れさがった前髪の奥の瞳を光らせて、そんな僕のことを嗤った。
おかしそうに。
現実?
現実って何?
お前たち大人が見たこともない、存在を証明できない変質者のことか?
存在を証明できない妄想でも、都合が良ければ「現実」になるんだね。
論理、理屈、現実、客観、そう言いながら、自分が信じたいもの、都合のいいものは、見たことも無い、よく知りもしないくせに容易く信じる。
なるほどそうか、お前も「大人」になったのか。
じゃあ教えてやろう。
それのことだよ、カウマイというのは。
お前がいま、見たこともないのに信じている「現実?」のことだ。
カウマイが黒須を殺した。
ユカリはカウマイによって自殺した。
それが「現実」だ。
2.
僕と夕貴は駅前の店を出ると、僕たちが通っていた小学校に向かった。
酔い覚ましも兼ねて、タクシーを使わず歩いたが、駅からはかなりの道のりだ。
駅から離れてしばらくすると、灯りは無くなっていき、辺りはどんどん薄暗くなっていく。
人通りがまばらな住宅街を抜けると、田んぼが現れる。虫の声が辺りから聞こえてくるだけで、辺りは真っ暗だ。
生ぬるい風が頬をなぶる。
あの頃、片道四十分くらいかけて、学校まで通っていた。
僕たちが通ったN小学校は、住宅街からも少し離れた田んぼの真ん中に在る。
やや離れた場所に私立高校のグラウンドと墓苑がある以外は、ほとんど人の気配がない。
校門の前の道を通るのは、学校に用事がある人間だけだ。
もしくは昼間なら、散歩やジョギングをする人も多い。
しかし夜は、誰も通らない。
少し離れたところに大規模な公営の団地があり、その団地の子供を受け入れるために建てられた。
年々子供の数が減っていき、僕たちが入学したときは、既に学年に二クラスしかなかった。
黒須の事件は、廃校の動きを具体化する最後のひと押しになったのだ。
3.
人気のない校門の前で、夕貴は立ち止まった。
校門の向こう側に見える建物は黒々とした不気味な影に覆われていて、悪意のある見たこともない奇妙な生物のように見えた。
この建物はこんなに大きかっただろうか?
校門には汚れた注意書きがつけられていた。
暗闇の中で目を凝らすと、かろうじて「立ち入り禁止」の文字が読める。
夕貴はその看板のすぐ脇の柵を掴み、足の力も使って、器用に校門を乗り越えた。
「お、おい……!」
僕が驚いて叫ぶと、夕貴は校門の上から僕を見下ろした。
「宴はまだ続いている。何とか円の外に出る方法を見つけるんだ」
夕貴の声は僅かに震えている。
「出られなくなるぞ」
黒須やユカリみたいに。
僕の頭の中に、見たはずのない映像が浮かぶ。
破壊され赤く染められた人体模型。
滅多刺しにされ、白目を剥いている黒須の死体。
炎の中で黒い松明のようになるユカリ。
僕のことを見下ろしている夕貴も、僕と同じ映像を見ているのがわかる。
僕はまるで追い立てられているかのように、校門に飛びつき、夢中で上った。
校門を越えて、地面に立つと身の内に震えが走った。
小学校五年生の時と同じようにはっきりとわかる。
ここにはカウマイが存在する。
僕たちはカウマイから出なければならない。
そのためにはまず、カウマイを見つけなければならない。
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