第3話 カウマイは「怨」である。

1.


 生まれ故郷に帰ったのは久し振りだった。

 僕は中学生のときに親の都合で転校したため、この土地に帰って来るのは七、八年ぶりだ。

 こんなことでもなければ、二度とここには来なかっただろう。


 僕は委員長と駅で待ち合わせ、適当な店に入り、一緒に酒を飲んだ。




2.


 委員長は、僕の頭の中の記憶の姿が、そのまま成長したような外見をしていた。

 昔通り人の目を惹きつける雰囲気をまとっていて、穏やかで親切だった。


「委員長はもうやめてくれよ」


 一通り再会の挨拶が済むと、委員長は照れ臭そうにそう言った。


 僕は口ごもる。

 不思議なことに、これだけはっきりと委員長の存在は覚えているのに、名前がどうしても思い出せないのだ。

 委員長は、そんな僕の内心を敏感に察し、気まずい空気が流れないようなさりげなさで名乗った。


「昔は名前で呼んでいなかったもんな。『ゆうき』でいいよ」


 委員長……夕貴は、そう言ってにっこりと笑った。



 林ユカリの話になったのは、酒をだいぶ飲んだころだった。

 

「ユカリは、僕たちが通っていたあの学校で死んだんだ」


 夕貴は、独り言のようにそう呟いた。


「小学校で?」


 僕の問いに夕貴は頷いた。


「君は引っ越したから知らないだろうけれど、僕たちの小学校は廃校になったんだ。二年くらい前だったかな。今も建物はそのまま残っているよ。ユカリは夜、そこに忍び込んで……」


 夕貴は一瞬躊躇ったあと、聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で言った。


「火をつけたらしいんだ」

「放火したの?」

「いや」


 夕貴の声は押しつぶされ、ほとんど聞き取れないくらい小さなものになる。


「自分の体に……」


 僕は絶句した。

 焼身自殺?


「火災警報器がついていたから、すぐに人が来た。火は消し止められたんだけれど、ユカリはそのまま……」


 僕は、火炎に包まれ巨大な松明のようになっている、ユカリの姿を想像した。

 まるで、目の前で起こったことかのように、その姿が浮かび上がる。


 炎の中でゆらゆらと揺れ動く、手足の長い体。

 油じみたのようにてらてらとしていた太い三つ編みも、炎の中で勢いよく燃え上がり、ちりちりと音を立てる。

 ユカリは、炎の中で笑っている。

「僕たち」のことを見て。

 黒焦げになった顔の中で、かろうじて見分けがつく唇がゆっくりと動く。

 笑いながら、「僕たち」に囁く。

 

 カウマイは「エン」である。


 僕の目の前で、夕貴が考えこむように宙を見つめている。

 酒の入ったグラスを持ったままの手が、宙で止まっている。


「ユカリは、僕たちをうらんでいたのかな?」


 僕が誰に言うともなく問いかけると、夕貴は夢から覚めたような顔をして、僕のほうへ視線を向けた。

 それからゆっくりとした口調で言った。


「君がそんな風に言うなんて、意外だな」


 僕は驚いたように、夕貴の感情が浮かばない瞳を見つめた。

 夕貴は僕の顔から視線を逸らし、言葉を続ける。


「昔さ、僕たちのクラスで色々なことがあっただろう? あの五年生のときのクラスで……」

「うん」


 夕貴が委員長を務め、僕が教室の片隅にいたあのクラスでは、奇妙なこと、忌まわしいこと、恐ろしいことがたくさん起こった。


 子供だったから、十一歳だったから耐えられた。

 大人になった今だったら、きっと耐えられない。



 僕は記憶を振り払うように、酒をあおった。

 夕貴が僕の横顔をジッと見つめているのがわかる。


「覚えているかな? あの事件。理科室にあった人体模型が壊されて、僕たちのクラスで見つかったことがあっただろう」

「そんなこと、あったっけ?」


 僕は呟く。

 そう言えば、そんなこともあったかもしれない。

 はっきりとは覚えていない。

 「人体模型が壊された」なんて、あのクラスで起こった色々な出来事の中では、一番些細なものだったからだ。

 でも、今思えば。


「そうだ、あの時から色々なことが始まったんだ」


 僕の心の中に浮かんだ思いを、夕貴がそのまま口に出して言った。


 

 

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