VRから帰ってきたらなんだか様子がおかしい

南雲

第1話

HMDを外すと、私の肉体はアバターに変化していた。

まさかとは思ったが、完全にうさぎ耳のついたアニメキャラになっている。頬の感触もある。


「そんな馬鹿な」


声までアニメ声だった。我ながら可愛い。

そうではない。そうではないのだ。

こんなこと、現実的に考えてまず有り得ない。しかし、辺りを見回しても完全に私の部屋で、外を見ても見慣れた現実の景色だった。自分の見た目以外は間違いなく紛れもなく現実だった。


「これは、もしかして……」


信じたくはなかったが、そう感じるには十分だった。自分の体が変わっていると。


 ひとまず自分を落ち着かせるためにテレビを付けた。

しかし、私の気持ちが落ち着くことはなかった。

 自分だけでなく全員の姿が変わっている。

こういうのは自分だけ姿が変わる、みたいな展開がベタだと思っていたがそうでもないようで、周りの人間まで猫耳や犬耳をつけた美少女や美少年に変わっていた。

ここまで来ると異世界転生の域だ。

転生といっても私の持ち物はいつも通りで、ポケットにはスマホが入っていた。

スマホを起動して連絡先を確認してみると、そこには友人の名前があった。

彼なら大丈夫だろうと私は電話をかけることにした。

夜遅くにかけたが、彼はすぐに応じてくれた。感謝してもしきれない。


「そっちからかけてくるなんて珍しいじゃん、どうしたの急に」


現状を理解できていないのだろうか。それとも彼は姿が変わっていないのか?


「なんか最近変だなぁって思うこととか……ない?」


直接聞くのはなんだか悪いと思い、遠回しに聞いてみる。


「いや別に。なんで?」


やはり彼は無事なのか。ここははっきりと聞いた方がいいようだ。


「VRからログアウトしたら美少女の姿になってたんだよ」


「ログアウトしたら美少女に?何言ってんだ?」


彼は困惑していた。無理もない。


「最初は俺だけだと思ったんだけど、周りも同じ感じになってるみたいで。お前ももしかしたら一緒なんじゃないか……って思って電話したんだ。普通そうで安心したよ。」


「お前それ冗談で言ってるんだよな……?」


聞かれなくても冗談のつもりだ。状況を楽観的に捉えるための。

そのはずだが、電話越しの彼の声は震えていた。


「お前、どこまでんだ……?悪い事は言わない、今すぐ戻ってこい!」


友人は突然私に対して怒り始めた。


「お前が今いる世界は現実じゃない、多重ログインしてるんだよ!」


現実じゃない?ここが?感触もあるのに?


「おそらくどの世界も一緒だろうから説明するぞ、親指と小指以外の指を揃えて左上から右下に空を切れ。そしたら設定画面が出るからそこからログアウトしろ。」


友人の切迫具合はどうも本当のようだ。言われるがままに指を揃え、左上から右下に空を切ってみる。

間も無くして、SFみたいなUIが目の前に現れた。俺はなんでこのやり方を知らなかったんだろうか、記憶まで飛んだのか。


「できたよ」


「よし、なら左下にログアウトボタンがあるはずだ。そこからログアウトして現実に戻ってこい。」


左下を確認してみるが、ログアウトボタンらしきものはない。


「ログアウトボタン無いんだけど」


そう伝えると彼は電話越しでため息をついた。


「なんでリアル重視の方に多重ログインしちゃったかな……」


「ログアウトできるの?これ」


「できる。できるけど方法がちょっと物騒なんだ。」


「方法が物騒、とは」


「自分で自分を殺すんだ」


まるでデスゲームものみたいじゃないか。VR空間での死は現実での死を意味するみたいなやつだろうか。


「それ現実でも死ぬやつじゃない?」


「死なない、普通にゲームとして存在してる。対象年齢高いけど。」


「なら大丈夫か。じゃ手取り早くログアウトしてくるよ。飛び降りとかがいいかな」


「ダメージ稼ぐならそれが一番だろうな。」


「恩に着るよ。ありがとう。」


「いいよいいよ、気をつけてな。それじゃ。」


彼はそう言うと通話を切った。

 彼が言ったログアウトボタンの位置にはおそらくHPゲージがある。そのボタンの外にはLayerという文字とその横に数字が書かれていた。数字は238。友人が言っていた「深い」という言葉から察するに、私は238層も多重ログインしていることになる。記憶が定かではないのは深く潜りすぎた影響だろうか。一刻も早く現実に戻らなくてはと、ベランダに向かった。


 ゲームの中とはいえ自殺をするなんてやはり抵抗がある。いつでも飛び降りれる態勢になっても怖いものは怖い。

やっぱりやめようと戻ろうとした時だった。視点が突然下に落ちた。足を滑らせたのだ。


「うわっ」


反射で手を伸ばすが届かず、私は地面に叩きつけられた。視界が暗くなる。


 しばらくして視界が明るくなると、再び自室に同じ姿で立っていた。指を揃えてUIを表示させると、Layerの数は237になっていた。


 そこからはほとんど抵抗なく作業感覚でログアウトを繰り返した。

自分がなぜここまで深くまで多重ログインを行なったのかわからないが、各層に散乱していた本の山の中に、レアアイテムの在り方が記されていたことから、私はこれを探しに深くまで潜ったのであろう。とはいえ、たかがレアアイテムでこのような危険なことをするなんて、浅瀬の自分は一体何を考えていたのだろうか。

落下しながら考えを巡らせ、今は何層かとUIを表示させる動作をする。








おかしい、表示されない。









まさか。










「しまっ──」














 注意喚起の映像にしては衝撃的な場面が流れ、体育館が静まり返る。


「はい、これが度を超えた多重ログインの結果です。皆さんも再三言われているように、一般ユーザーが100層異常の深層へ踏み込むことは法律で禁止されています。たとえそこにバーチャルペットが迷い込んでしまったとしてもです。くれぐれも気をつけるように。」


生活指導教員の常套句で、周りが一気に脱力した。


「あいつ、あんなこと言っといて125層まで行ったらしいぜ」


どこからか、誰かの囁く声がする。

あれは僕ら学生を救うための咄嗟の行動で、仕方なかったとは思うけど。警察から表彰されてたし。


「なあなあ」


後ろから肩を叩かれる。

めんどくさいと思いつつ後ろを振り返ると、何か企んでいるような顔を友人は見せた。


「なに、いまあの先生に見つかったら怒られるよ」


「いいからいいから」


何も良くないが、それを聞いてくれるような相手ではなかった。


「158層でめちゃくちゃ割りの良いバイトがあるらしいんだ、お前もどうだ?」


「あぁ、そういう話か。それなら同行するよ。」


もちろんバイトする気なんてさらさらない。また不良に騙されたんだろう。トラブルメーカーだが、これでも幼馴染だ。





彼が深層に行かないよう、どんな手を使ってでも止めなくては。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

VRから帰ってきたらなんだか様子がおかしい 南雲 @Nagumogu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る