15-5
「そういえば結構メールとか入ってて、無視しまくっちゃってるけどいい?」
ふと思い出して、ポケットに入れていた携帯電話を振る。
「えっ、ほんと。ちょっと貸して」
差し出された手に携帯電話を置く。そしてそれを開くと、どこか真剣な眼差しでその中身を確認する。自分の顔の男の瞳に、液晶の光が反射して映るのを俺はじっと見ていた。しばらくして、携帯電話を手の中へ返される。
「うん、無視しててだいじょうぶ。ていうか、中身とか読んでないよね?」
「さすがに読んでないわ。なんだよ、なんか読まれたらまずいやり取りでもしてんのかよ」
「いやあそういうわけじゃないんだけどさあ。彼氏とのメールとか、見られたら恥ずかしいじゃん?」
ちょっとからかってやろうと差し向けた軽口でにやついていた俺の顔は、水村のその一言で硬直する。
「え、なに、お前彼氏いるの」
「いるよー。べつの高校で、二つ上だから今高校三年生かな。っていっても、まだつきあって三ヶ月くらいだけどね」
異様にショックを受けている自分に驚いていた。うちのクラスにもグループは明確にあって、特に女子は見た目や雰囲気で分類されている部分が大きい。ちょっと不良っぽい女子が集まるグループはやはり見た目が派手な奴が多いし、あまり目立たないグループには小太りだったり眼鏡をかけていたり、あまり可愛くない女子がいるイメージだ。水村はどちらかというと後者に近い。背が低く少しぽっちゃりしていて、太い眉や厚い唇は田舎臭さすら感じさせる。同じようになんとなく
「うわ、なんだそれやらしいなあ。どうせエロいメールばっかしまくってんだろ。ヘンタイだ、ヘンタイ」
そんな俺の幼稚な冷やかしに、水村は顔を赤らめて
「そんなことしてないよ。私たち、キスとかもまだだし」
自分が赤面している姿を見て、一気にテンションが下がる。俺の顔でそんなことを言うな。気色悪い。
「まあ、メールは見ないから安心しろよ」
「うん。ありがとう」
気付けば、空が
「そうだな」
「なにかあったらすぐに連絡してね。私もしちゃうかもだけど」
「ああ、分かった」
「坂平くん、がんばろうね!」
明るく激励する水村の姿に思わず笑ってしまう。まさか自分に励まされる日が来るだなんて。
「おう。頑張ろうぜ」
右手を高く掲げる。水村がその手のひらを見て、きょとんとした顔をする。
「お前も右手おんなじふうにして」
俺に言われるがまま、水村は右手を挙げる。それに向かって、俺はハイタッチする。ぱあん、と高く触れ合う音が境内に響いた。
「わ。今のなんかすごい、すごい男子っぽい」
そうはしゃぐ水村になんだか急に恥ずかしくなってしまって、「まあお互い頑張ろうってことだよ」ともごもごと言い訳をする。
それじゃあ、とどちらからともなく立ち上がり、手を振って別れる。自転車のペダルを漕いで水村家への道を進んでいく。家が近付くにつれ、どんどんと強く
そして家に着く。車庫に自転車を停め、鍵をかける。飼い主の帰還に舌を出してはしゃぐペロの頭を撫で、ドアノブに手をかける。鍵はかかっていない。深く息を吸い、吐いて、ドアを開ける。
「ただいま」
声をかける。違和感なく自然に声を出せただろうか。たった四文字だけの言葉なのに気になって仕方がない。エプロン姿の水村の母親が、スリッパの音をぱたぱたと鳴らして駆けてきた。
「おかえり。遅くまでどこ行ってたのよ、ちょうどあんたの携帯に電話しようかと思ってたとこだったわよ。もう具合は平気なの?」
眉根を寄せて少し責める口調で訊いてくる母親に、俺はどうにか口の両端を持ち上げて、ゆっくりと答えた。
「うん、もう大丈夫。ありがとう、お母さん」
それが、俺の水村まなみとしての長い人生の始まりだった。もちろんその時は、そんなことはちっとも思っていなかったけれど。
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