理不尽
ご飯を食べ終え、寝る前に一応トイレに行っておく。当然ながら電気は通っていないから夜は懐中電灯以外は真っ暗になる。日が出ている内に行っておいた方がいい。少女は特に行きたいとも何とも言わなかったけど、行けと言ったら案外抵抗せずにすんなりと行った。毎度このくらい素直に言うことを聞いてくれればいいんだけどなあ。
トイレを済ませて合流して元の場所へ戻ろうとすると、何やら人だかりができていた。――それも、まさに僕の毛布のところに。駅員さんや店員さんをはじめ、たくさんの人が僕の毛布の周りを囲んでいた。なんだ、何かあったのか?
「どうしたんですか」
「どうしたもこうしたもないよ」
おじさんが一人道を開けて、僕の毛布を指差す。それに従って覗き込むと、僕の毛布はびちゃびちゃに濡れていてその中心部分には何やら焦げたような跡があった。
「焦げ臭いと思ったらこの毛布に火がついてて、慌てて消したのよ! 危うく火事になるところだったわ……」
すぐ隣のおばさんはそう言って盛大にため息をついた。確かに、僕もすぐ横の毛布が発火していたら慌てるだろうし、気持ちは分かる。
「ここ、君のだろう?」
「え、ええ、まあ」
「君が何か燃えるようなことをしたんじゃないだろうな」
おじさんは疑いの目を僕に向ける。いや、おじさんだけではない。今ここにいる人すべてが僕のことを疑っていた。これも至極当然のことではあった。物が燃えてたら直前にそこにいた人物か所有者をまず怪しむものだ。でもこの場においては無実を証明しなければいけない。
「僕は……」
「その子が火遊びでもしたんじゃないの?」
一人の女性がそう言った。途端に人々の目線は少女の方に移った。少女は確かに見た目は小学生くらいだし、ふざけて火遊びをしてもおかしくはないと思われるだろう。当の本人は否定をするわけでもなくのんきにあくびをしている。この状況はなんとかしなくては、今後が危うい。ただでさえ避難所という閉鎖的な空間なんだ。もし全員に敵意を向けられたら居心地が悪いだけでは済まないかもしれない。
もう一度状況を確認するために焦げた毛布をよく確認する。すると、どうやら焦げた部分の中心に毛布とは別の何かの灰が乗っかっているらしかった。つまり何かの灰が何者かによって落とされ、その火が毛布に燃え移ったと見ていいだろう。僕には一つ、心当たりがあった。その方を向くと、心当たりの人物と目が合って相手はすぐに目を逸らした。反応的にもあの人だろう。そう、さっきタバコを吸おうとしていた人だ。僕らの場所は柱の陰になっていて、比較的人の目を誤魔化せるだけでなく、通路や壁の穴も近くにあるので隠れてタバコを吸うにはちょうどいい場所だったわけだ。あとはあいつをみんなの前に突き出せばいい。
「皆さん、これをやったのは……」
「こんな危ない子たち、ここに置いてはおけないわ!」
まさに真犯人を連れてこようとしたとき、取り巻きの一人がそう言った。
「いや、だから今から説明しますから……」
「そうだ! これで火事を起こされて全員が死ぬなんてたまったもんじゃねえ!」
それに続いて至る所から「そうだそうだ」と賛同の声が上がった。店員さんたちがなんとかなだめようとしてくれているけど、どうやらもう説得したりできる状態ではなさそうだった。ただでさえ緊急事態でみな気が張り詰めているのだから、少しでも不安があれば衝動的に動いてしまうのは仕方ない。ここは潔く諦めた方がよさそうだ。安全でいい避難所だったのに。アイツ一人のせいで全部が駄目になった。
少女の手を引き、ブーイング降り注ぐ中を下を向いて突っ切る。人間社会に生きる以上、こういうことは多々ある。やりきれない部分はあるけど、この場で殴り殺されるよりはマシだ。来た時と同じように止まったエスカレーターを降りて、瓦礫だらけの駅前広場へと出た。来た時にいたタクシーの運転手は、既に建物の中に入ったのか、いなくなっていた。
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