想定外の災害

『……たいなわけですが、現在公務で都外にいた与党議員らが……』

 自分の場所でぼーっとしていたとき、近くから雑音と共にニュースのようなものが聞こえてきた。一瞬、環境音として流してしまいそうになったけど、直後にその重大さに気付いた。周囲の人も同様に気付いたのか、それが流れていると思われるところに人が集まりだした。僕も慌ててそこに加わる。

「あ、あんた、どうやって聞いたんだそのニュース! さっきからスマホでやってるけどラジオもネットも何も聞こえねえぞ!」

 集まってきた内の一人がそう言った。僕もそれと全く同じ状況だった。ネットは駄目、電話も駄目、元からあるラジオ機能も使ってはみたものの、チャンネルを合わせても何も聞こえなかった。そもそも都心が壊滅しているであろうことは分かっていたし、そうでなくとも付近の電波塔や基地局は破壊されているだろうから早い段階で無理なものだと諦めていた。――それを、この人は今ここで覆したんだ! メガネをかけたスーツの男性は、集まってきた人に気圧されながらも説明を始めた。

「実は私、家が千葉なもので……試しに千葉の周波数に合わせてみたら拾ってくれたんです」

 なるほど。東京は壊滅していても周囲のラジオ局や電波塔は生きているというわけか。これは大きな情報源になりそうだ。周りに集まって聞いている人も、みなそう考えてるようだ。

『取材ヘリからの情報によりますと、新宿付近がおよそ三キロにわたってクレーター化していて、その周囲も相当な範囲にわたって更地になっているということです』

 アナウンサーはいつにもまして焦った様子で早口で原稿を読み上げていく。新宿付近がやられているということは少なくとも東京都庁は消滅していることは確実だ。その他国家の機能も残っているのかどうか。救助などは都外からの応援を待つより他なさそうだ。状況が分かれば何か対処のしようがあるかと思っていたけど、逆に情報を知れば知るほど打つ手がなくなっていくような、そんな感じだった。

 ――本当にとんでもない災害なんだな。

 これ以上聞いていても仕方がないので自分の毛布へ戻り、少女の隣へ腰を下ろした。結局ここ以外の避難場所などの具体的情報はない。そうは言っても僕は死にたくない、し少女にも「君を生かす」と断言してしまっている。本当にここに黙って留まっているのが正解なのかなあ……?

「皆様、夕ご飯がありますので一列になってお受け取り下さい!」

 スタッフが声を掛けた途端、みな我先にと列に並んだ。どうせまだ一日目、一階にスーパーもあるのだからそんな押し合いへし合いする必要はないと思うけど、なぜだかみな積極的におしくらまんじゅうに参加していた。スタッフがいなければトラブルが続発していたかもしれない。とりあえず僕はその混乱を避け、列も消えてきた頃に手早く二人分を貰ってきた。今回の食糧は刺身など生ものが多かった。缶詰など物持ちするものはあとに残そうということだろう。多分刺身が出てくるのは今日が最初で最後だ。少女に一つ渡すと、受け取って黙ってがつがつと食べ始めた。食わず嫌いでもしたらどうしようかと思ったけどその心配は必要なかったらしい。

「オマエさァ」

「うん?」

 静かに食べているかと思ったら、半分くらい食べたところで突然話しかけてきた。

「食料はこれだけでいいのぉ?」

「お代わりしたいってこと?」

「そうジャナーイ」

 少女は口の中にものが残っている状態で話を続けた。

「備蓄してあるとはいってもこの人数がこのままいたら何週間ももたない。下手をすれば数日でなくなるかもしれない。オマエはそれでいいのかってきいてんノ」

 また真面目モードか……。でも確かにその指摘は正しいと思う。避難所だってなんだって大体は数日分しか備蓄はされていない。災害とかがあった時も「支援物資」とかいって他県から送ってもらうのが普通だ。でも今は被害範囲が広すぎてどこに何を支援していいのかが普通の災害にもまして分からない。そう考えれば食料が底を尽きるかもしれないというのはどこかでぶち当たる課題だ。かといって実際問題それを解決する方法はほぼないと言っていい。一人で外に逃げたとしても、その先に食料がある確率なんかゼロに等しいだろう。一人で抜け出して死ぬか、みんなで食料を消費して死ぬか、その程度の違いしかないのだった。

「よくはないけど、解決方法もないだろ」

「あるヨ」

 少女は簡単に言った。その時点で僕は何か悪い予感がしていた。

「この場にいる全員を殺しちゃえばいいジャン! そうすれば一か月くらいは最低でも生きられるヨ」

 少女は悪びれもなくそう言った。さっきのタバコの件もそう。この少女は倫理観が一部欠如している。すぐに殺すだの死ぬだの言うのは最近のゲームの影響なのか。ただ、それを差し引いても「何を馬鹿な事を」と突っぱねられる内容ではないのも確かだった。実際、すぐに救助が来ないのであればこのまま全員飢え死にしてしまうのは事実なんだ。東京の中心が壊滅しているならば救急や消防、下手をすれば自衛隊までもが機能を停止しているか動きづらい状況になっていることだろう。倫理さえ気にしなければ、少女の言うことは解決方法の一つであることに違いはなかった。でも残念ながら、タバコの時にも話した通り僕の中では既に答えは決まっている。

「少なくとも僕は手を出さない」

 僕は少しも時間をおかず、はっきりそう答えた。それを見て少女は口を尖らせると、また黙ってご飯を食べるのであった。段々少女の扱いが分かってきたかもしれない。少女が大人しくなったのを確認してから、僕も配給されたご飯を食べ始めた。外はもう日が傾き始め、瓦礫だらけの町が赤く染まり始めていた。

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