避難所

「あ、おい! 新しい人が来たぞ!」

 駅舎の前あたりから男の人が飛び出してきて大きな声を上げた。やっぱり駅に人がいたらしい。男の人はそのまま僕らのもとへ駆け寄ってきた。服装からして、多分タクシーの運転手だろう。

「君たち、よく無事だったね! 駅の中にみんないるから、ガラスに気を付けて中に入って。もう安心していいよ」

 どうやら人が良さそうな人だ。とりあえずはこれで一安心ってところか。軽くお礼だけ済ませて、ガラスだらけの階段を上がった。……ちなみにこの間少女はというと、恥ずかしいんだか興味ないんだか関係ない方を向いて何も喋らなかった。僕にあれだけ饒舌に語っておいて今さら人見知りだとでも言うのだろうか。いつもこのくらい大人しくしてくれればいいものを。

 階段を上がったところで、やはりガラスだらけなのに変わりはない。それどころかガラス張りでない部分は壁に穴が開いていて断熱材だか外壁だかよく分からないものが飛び出ている。そしてその残骸が反対側の出入り口にまで続いていた。

 建物の真ん中あたりの左側が改札口になっている。看板は割れているけど、「大井町駅」とでかでかと書かれているのは残っていた。大井町駅か……名前は聞いたことがあるけどどこにあるのか具体的には分からないな。結局品川付近という以上の情報は掴めなかった。改札機は色んな瓦礫が絡まっている以外特に変わりないけど、窓口から売店から液晶画面から、割れ物は全て粉々に割れて床に散らばっていた。恐らく電気関係と思われるけど、何かがずっとビィー……っとけたたましい音を立てていて鳥肌が立つようだ。

「あらあら、よくご無事でしたね! 皆さん中にいらっしゃいますから、こちらです」

 その声は後ろから聞こえてきた。振り向くとそれは女性の駅員さん。駅員さんが駅じゃない方から出てくるというのは少し不思議な感じがしたけど、まあ確かにこの状況でわざわざ駅にいる必要もないか。

 素直に駅員について改札の真ん前にある動かないエスカレーターを歩いて上がっていく。上がりきると、そこには予想以上に人が集まっていた。廊下や店内にシートや毛布が敷かれていて、そこに一人ずつ座って会話をしたりしていた。案内してくれた駅員さんをはじめ、駅員さんや駅ビルの店員さんがきょろきょろして見回っているので、彼らが自主的にここを避難所として開放しているんだろう。上ってきたエスカレーターより北側は崩壊した壁の残骸が廊下を埋め尽くしていたけど、南側の床はホコリっぽく品物が散乱している以外は問題がないようだ。北側と同様に壁には大きな穴が一面空いているものの、風向きの関係で瓦礫は外側に落ちたらしい。そしてその南側の廊下や店内に人が集まっているような状態だった。

「ではこちらのスペースをお使いください」

 大災害の中では駅員だろうが店員だろうが全員等しく被災者であるはずなのに、ここまで尽くしてもらうと逆に申し訳がなくなるな。この敷いてある毛布もここのデパートの売り物なんだろう。心で静かに感謝しつつ靴を脱いで毛布に上がった。存在を忘れかけていたけど、ずっと後ろをついてきていた少女も僕の毛布の上に当然のように上がってきた。駅員さんには恐らく妹だと思われているだろう。本当だったらここで「迷子を拾いました」とでも言って少女を引き渡すのがいいのだろうけど、そんなことをしたら少女に呪い殺されるんじゃなかろうかなどと考えたら言うに言えず、とうとう駅員さんは踵を返して見回りに戻ってしまった。過ぎた後で僕は軽く後悔した。

「それで、どうするんダ? 人の多いところに集まりはしたが」

 十分くらいぶりに少女が口を開いた。それこそ普通の小学生みたいに足をバタバタさせて遊んでいるけど、依然口振りはどうも上から目線だ。本当にどうにかならないのかその喋り方。

「とりあえず情報収集をするさ」

 僕の目的はとりあえず生き延びること。生き延びさえすればまあ何かしらできることがあるはずだ。もしこの集団の中で危険なことが起こった時のためにも、まずは情報収集が最重要だ。情報さえあれば追い出されても何とかなるからな。

「ふーん。好きにすればいいサ」

 少女はそれだけ言うと勝手に僕の毛布に大の字になって目を瞑った。

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