ゲボクになれ

「ウチュウジン」

「……は?」

「ウチュウジン」

 ――ここにきて、僕はいよいよイライラし始めた。正直今はふざけている余裕はないしそのおふざけに付き合う余裕はもっとない。小学生相手に怒るのもアホらしいけど、生き死にが関わってたらそりゃあ怒るよ。ふざけたことを変に真面目な顔をして言うのも腹が立つ。お前みたいなクソガキ今すぐどっか行っちまえ!――などなど色々言いたくはなったけど、反応したら負けだと思って必死に全部を飲みこんだ。一応高校生だからな。我慢我慢。

 とにかくクソガキの相手をする前にこれからどうするか考えなくちゃいけないんだよ。駅に行ったからって食べ物がある保証はないし、第一この大災害はどのくらいの範囲で起きてるんだ? 下手したら日本全体でこんなことになってるんじゃ……。

「コワイ?」

「は?」

「心細い?」

 急に少女が前に飛び出してきてそう聞いてきた。なんだってクソガキにそんなことを聞かれなきゃいけないんだ。

「怖いだなんて思ってない」

「でも焦ってるデショ」

 ……なんで急に、こんなメンタリストみたいなことを始めるんだ。さっきまで好き放題遊び回ってたくせに。

 そりゃ、こんな状況に放り出されて焦らない人なんているわけがない。乗ってた電車は吹っ飛ぶし親は死ぬし街は壊滅状態だし。むしろ僕は一般的にはとんでもなく冷静な方だろう。それに弱みを見せるとまた茶化してくるに違いないし、ここはあくまでも年上の余裕という者を見せておこう。

「焦ってない」

「――ソウ」

 このクソガキ、いまいち何考えてるんだか分からない。その猫みたいな大きい目の奥に感情がこもってないというか……子供相手にこんなことを考えるのもなんだけど、少し不気味だ。

「ネェ」

「今度はなんだよ」

「どこ行くの?」

 立て続けに質問してきやがって。まさか僕に興味でも湧いたのか? 非常に面倒くさい。まあでも、確かにその疑問はもっともだった。なんとなく少女を引き連れて歩いていたのはいいけど、どこに何のために向かっているのかは一度も告げていなかった。クソガキと言えど、何も言われずに連れ回されるのは不安もあるだろう。――それ以前に、この周りの状況を見て不安になってほしいけども。

「とりあえずは駅に向かってる。駅だったら誰かしらいるだろうし、少なくとも一人でいるよりは安全だ」

「群れるってコト?」

 群れるって……人のことをなんだと思ってるんだ。よくいるクソガキだと思っていたけど、これはクソガキの中での格別にクソガキらしい。

「いいか? 人間は一人じゃ生きられないんだよ。どんな山奥に住んでる人だって何ヶ月に一回かは買い出しに行くくらいだ。今だって一人でいたら助けを呼ぶ力も小さいし、食料を見つけるのすら難しいんだ。だから早いうちに誰かと合流しておいた方がいい」

「急によく喋るナ、オマエ」

 お前に言われたくはない! 今度は急に上から目線かよ。一体全体お前は何様なんだ。

「人間が群れたところで何も意味ないデショ」

「お前……人の話聞いてたか?」

 流石にキレ気味で語気を強めて言ったが、クソガキはどこ吹く風。それどころか瓦礫の中から拾い出した本をちぎって遊んでいる。こいつ、絶対あとで痛い目に合わせてやろう。

「だって、そうデショ。人間が群れたとしてそこが火事になったらみんな死んじゃうヨ! 群れなかったらそいつラは死ななかったかもしれナイ。だから群れようが群れなかろうが、死ぬときは死ぬ。そうダロ?」

 なおも手元の本をちぎりながら僕の目を凝視してそんなことを言う。言い返してやろうと口を開いたけど、しかしよくよく考えればそれは間違ってもいなかった。集合しなければ助けを求められなくて死ぬ可能性は上がる。一方で、集合したとしてもその場で何かあれば全滅してしまってかえって生存率が下がるなんてことにもなりかねない。僕一人が死んだところで人類という種族に大した影響はないだろうけど、特に元々の母数が少なければ少ないほど、複数が同時に死ねば種族全体でかなりの痛手になる。もちろん経験則から言えば集まった方が効率的だし確率としては助かりやすいとは思うけど、絶対にそうだとは言い切れないことに僕は少しだけショックを受けた。

 そして、それが目の前のクソガキから発せられたことも気持ち悪くて仕方がなかった。黒くて丸々とした、その猫みたいな大きい目にどうにも生気がないように見えて、見ていられずに目線を外した。

「野生動物は天敵から身を守るために群れる。実際それは天敵に効果はあるヨ。でも人間が群れても天敵から見れば全く意味がナイ。むしろ、都合がいいんじゃないカナー? カナカナ~?」

 人間の天敵ってなんだ。自然災害か、あるいは……? 困惑する僕に目もくれず、少女はなおも続ける。

「だから、人間は生きるために群れるわけじゃない。みんなで死にたいから群れるんダヨ~」

「死にたいから?」

「集まれば安心する。安心すれば死ぬのが怖くない! 安心して死にたいから群れるのサ」

 少女はそう断言した。僕はもうそれをクソガキの戯言だと割り切ることはできなくなっていた。――僕はどうだろう。普段から自分が生きている意味はないと思っている。だけど別に死にたいわけでもない。「人間は安心して死ぬために集まるんだ」なんてはっきりと言われると、僕はみんなと一緒に死ぬなんてごめんだと思う。死んでしまったら安心したって無駄だ。死はそれっきり、その先がない。よほどこの世でつらいことがあってもう良いことがある確率がゼロに近い場合を除けば、「死んだ方がマシ」というのはあり得ない……というか証明のしようがない。――あれ? でもそう考えると僕は生きることに意味を見出していることになるのか? 僕がいなくても世界は回る……本当にそうなのか? ……ダメだ、なんだかよく分からなくなった。

「オマエも安心して死にたいのかー?」

「いや」

 話を戻そう。僕が生きているべきかどうかはさておき、やはり生きるためには僕一人でいることが最善だとは思えない。もしそいつらが死ぬために集まっているのだとしても、それを利用する手はきっとあるはずだ。

「僕はあくまで生きるために集まる。もちろん、君も生かす。答えがよく分からないならとりあえず生きるしかないと思うから」

「……フーン」

 僕が答えると、少女は興味なさそうに相槌を打った。あれほど饒舌に語っていたくせに、なんだその変わりようは。一瞬でもすごい、怖いと思った僕が馬鹿みたいじゃないか。

「じゃあ、結局人間が集まっているところに行きたいんだナ?」

「そりゃそうだよ」

「このままだと今日中につかないジャン」

 う、痛いところをついてきた。確かに、さっきから線路を塞ぐ瓦礫が多すぎて、一つ一つを乗り越えるのにかなり時間を要している。いや、正直少女は並外れた身体能力でぴょんぴょんと飛び越えてしまうのだけど、僕がそれについていけない。このままだと一キロ二キロ進むのに数時間、下手をすれば数日かかりそうだった。

「じゃあオマエ、ゲボクになれ」

「……は?」

「ゲボクになれば道を教えるサ」

「いや……」

 突然何を言い出すのかと思えば。確かにさっきの説教はちょっと心にくるものがあったけども、だからって小学生の――それもクソガキオブクソガキの下僕になれというのは二つ返事で受け入れられるものではない。そもそもちょっと小難しい話ができたとしても、人が多く集まっているところなど分かるわけがない。ましてやさっきできたばかりの瓦礫の迷路の中、確実に早く通れるルートなど誰にも分かるわけがないはずだ。何を根拠に自信満々に道を教えられると豪語しているんだ。

「本当に教えてくれるなら下僕にでもなんでもなるよ」

「言ったナ? 今からオマエはゲボク」

 一体全体どこからそんな自信が湧いてくるのか。少女は迷う様子もなく、スキップでもするかのような勢いで歩いていった。

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