ヘンな子

 進むごとに左右の街並みを確認するもののやはり人の姿は一つとしてなく、あるのは変形した車と、ビーっと異様な音を出すコンビニだったものと、オフィスビルから飛んできたであろう紙や机ばかりだった。

「みぃーつけタァ!」

「――っ!?」

 ……突然聞こえた声に思わず飛び上がった。もちろん人を探しているのだから人の声がしたら嬉しいはずだけど、あまりに唐突に予想もしないところで声を掛けられたもので普通に驚いた。しかもなんだかかなり至近距離から話しかけられた気がする。僕以外にこの線路を歩いている人がいるということだろうか。声からして女の人……いや、女の子だと思う。流石にこの状況で火事場泥棒みたいなことはしないだろうと思うけど、一応はそれなりに用心をして周りをゆっくり確認していく。すぐ目の前のビルから落ちてきたと思われる外壁がかなり大きい瓦礫の山を作っていて、それが僕の周りをぐるりと囲っている。そしてその中でもひときわ大きな山の瓦礫の下の空間に、ごく当たり前のように女の子が体育座りして収まっていた。

「き、君、危ないよそんなところ」

「危ない? 何がぁ?」

 少女は猫みたいな大きい目でこっちを見上げると、大袈裟に「分かりませんのポーズ」をとった。見たところ小学生みたいだけど、自分が今置かれている状況が分かっていないんだろうか。あるいは分かっているけどあえて明るく振舞っているのかもしれない。

「いいから、そこから出てきなよ」

「オマエに指図される覚えはないよーだ!」

 小学生に「敬語を使え」と言うつもりは毛頭ないけど、流石に「お前」はないだろ。躾がなってないというか、典型的な悪ガキだ。やっと自分以外の人間を見つけたという安心もあるにはあるけど、よりによってクソガキ一人だけしかいないのでは何の意味もないし、むしろお荷物にしかならない気がする。

 まったく、ツイているんだかツイていないんだか……。

「何ぼーっとしてるの? 面白〜い!」

 少女は僕の顔を指さしながらケラケラと笑うと、瓦礫の山にぴょんぴょんと登って、あろうことかてっぺんでくるくると踊り始めた。そうは言っても三メートルくらいはあるし、すぐ下には尖った鉄骨が至る所に顔を出している。

 ――あのバカ、死にたいのか?

「早く降りろ! 本当に危ないぞ」

「危ない〜? ナンデナンデ〜?」

 足を滑らせれば即死だというのに、そこで片足立ちをして首なんか傾げている。こんなことをやっていれば命がいくらあっても足りない。一瞬見なかったフリをして立ち去ろうかとも思ったけど、主に罪悪感が原因でそういうわけにもいかなかった。

「いいから降りろ。早く!」

「えー。ケチー」

 命がかかってるんだ、多少きつく言ったって誰にも咎められないだろう。はあ、なんで僕がこんなガキの相手をしなきゃいけないんだ……。少女は口を尖らせたのち、あろうことか瓦礫の尖っている部分だけを経由してまたもぴょんぴょんと地面に着地した。見ているこっちがヒヤヒヤして落ち着かない。でも、それでいちいち叱りつけようものなら今後身がもたない気がしたからここは大きいため息だけついて気持ちを鎮めることにした。それを知ってか知らずか少女はこの期に及んで口笛を吹いたりしている。やっぱりこのクソガキ、状況を理解していないんじゃないか?

「君、お父さんとお母さんは?」

「お父さんとお母さんはいないヨ」

 少女は元気にそう言った。「元気に」というところに引っかかったけど、とりあえず保護者は付近にいないようだ。死んでしまったのか、あるいは元々おらず施設暮らしなのか。気になりはしたけど、それは聞いても現状関係がないし気にしないように心掛けた。

「そうか。で名前は?」

 少女が今度は壊れたデスクトップパソコンでリフティングをし始めたので、それをやめさせる意味でさらに質問を重ねた。少女は四角いパソコンを小さい足で器用にリフティングしながらこっちを向いて笑顔でこう答えた。

「ウチュウジン」

「……は?」

「ウチュウジン」

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