涼子
♀
久しぶりに、中学校の辺りに来た。
私と涼子が通っていた学校。初めて2人が会った学校。
その学校の校門近くのバス停。そこのベンチに彼女は居た。
「涼子」
私は声を掛けた。涼子が振り向く。
彼女は何も言わなかった。彼女の隣に座る。
「なんでパジャマなわけ」
渚くんにも指摘されたことを、涼子にも指摘される。
なんだか疲れちゃって、言い返す気が起きなかった。それは涼子も同じだったみたいで、特にそれ以上のツッコミが無い。
というか、涼子もこの寒い季節に中学校の体育着とかいう意味わかんないコーディネートだったし。お互い様だと思ったんだろう。
「……ボロボロ、だね。2人ともさ」
「お前のせいだよ、まったく」
涼子がぼそっと愚痴を零す。
私はそれで全身が強張ってしまった。
2人の間に沈黙の時間が流れる。
「こうやってっとさ、中学の頃思い出すよな」
彼女は呟いた。
「あの頃も……ここで2人で悩んだよね」
「うん、全部お前のせいだけどね」
……この子、本当に仲直りしたいって言ってたの?
渚くん、嘘ついてない?
自然と顔が引きつった。
「……涼子さ、私のこと嫌い?」恐る恐る聞く。
「大っ嫌いだよ」
即座に言われた。
「まず、アタシがこれまで会ってきた人の中で、一番メンドクサイ。ガサツで部屋は汚くて掃除も料理もできない。運動もドベで勉強がそこそこできるくらいしかいいところがない。変なところでニヤニヤ笑うし、泣くし。顔はすぐに赤くなる。嫉妬心もかなり強いし怒ったらネチネチ長い。喜怒哀楽が激しすぎて付き合ってる側としてはダルい! あと思いつきで変なことやりだすし、そのせいでたくさん失敗するし怪我するし。アタシがどんだけ心配したと思ってんだ! ついでに色んな人のこと巻き込むくせに、問題は一人で抱え込む。んで抱え切れなくて自爆する。結局アタシに迷惑かける! それで責任感じて更に病む。またアタシが嫌な気持ちになる! その上、占いなんかに行動を委ねる。それでみんなのこと裏切ったとか変に考えて病む。ケジメをつけるとか言って変な行動に出る。勝手に傷付く。ほんとバカでアホでドジでマヌケでスケベでポンコツ! ……しかも──」
そう捲し立てた彼女の冷たい手が、私の手に触れた。
「仲直りしたいって言ったら、すぐに来てくれるし。……ほんと嫌いだよ」
自分だって、顔赤くして泣いてるくせに。
涼子のそんな顔を見てたら、どうしようもなく切なくなった。私は涼子を抱き締めた。久しぶりに触れた涼子の身体は冷たかった。
一体、いつからここにいたの?
「涼子……仲直りしよ?」
「……まだ、やだ」
むすっとする彼女。
「い、いや。明らかに仲直りする展開だったじゃん」
「お前のせいでこの1か月半近く、めちゃくちゃ落ち込んだんだ。……仲直りする前に、初めから全部ちゃんと弁明してもらうからな。アタシが納得するまで。じゃあまずは──」
「ちょっと待って」
私は彼女に抱き付くのをやめて、彼女の両肩を掴んで言った。
君のほうがメンドクサイ性格じゃないか、まったく。
「涼子ってもっとこう、子宮で考えるもんだと」
顔を赤らめる涼子にぶん殴られた。久しぶりの感覚。
決してマゾとかではないけど、彼女の暴力はなんかどこか爽やかだ。
表現が古臭い上にセクハラで悪かった。
理屈じゃなくて本能で考える人だって言いたかったの。
「あー、止めだ止めだ。お前と仲直りなんかしない!」
「ごめん、ごめんて。……ふふ」
なんだかおかしくって、思わず笑ってしまった。
釣られたのか、涼子も笑みをこぼした。
「なんか、久しぶりに笑った気がする」
「アタシも。……綾芽との関係なんてこんなモンがいいのかもなあ。元々アタシらは腐れ縁。別にベタベタするような辛気臭い仲でもないし、綾芽だってアタシに不満はあるんだろ。でも絶交しようとしたって、そんなのできっこねえんだ」
「えっと、つまり何が言いたいの」
「だから、もう止め。喧嘩おしまい。もう元通り。2人とも笑ったから」
その言葉を聞いて、私はまた声を上げて笑ってしまった。
さっきまでの愚痴はなんだったんだよ、涼子。でも、思いのほかお気楽な彼女のその考えに、私は救われた。
心にずっとかかっていたもやが、次第に消えていく。
「……ありがと、涼子。でもね」
私は真摯に彼女の目を見つめた。
「涼子には中学のときからずっと助けてもらって……そのくせに、今回は私がおかしくなっちゃったせいで突き放しちゃって……本当に悪かったと思ってる。ごめんなさい」
涼子はニコっと笑った。
冬特有の、からっと乾いた空を彼女は見つめた。
数十秒沈黙したのち、ゆっくりと口を開いた。
「初めて会ったときの綾芽って、めちゃくちゃ最悪だったな」
「最悪って」
何を言い出すんだこの子は。
「だって考えてみろよ。突然さ、私は未来が視える! とかって自信満々に言いながら近づいてくるんだぜ。ぶん殴るだろ、そんなの」
ああ。私は中学校の記憶を思い返した。
あのときの私は、ずっと一緒に居てくれる親友が欲しかった。別に他の友達が嫌いだったわけじゃないけど、占いによるとみんな色んな事情で離れていっちゃうってことを知っちゃったから、どうしようもなく寂しかった。
そのとき、1度も話したことのない涼子のことを占ったら、彼女だけは私の親友になってくれるって分かって──嬉しかったんだ、すごく。
だけど、涼子はみんなからの評判は最悪だった。教室の隅っこでいっつも本ばっか読んでて、おしとやかな文学少女かと思いきや気に入らないことがあったらすぐ暴力に走るとかで。
そんな、本ばっかり読んでたあのときの涼子に、どうやって近づこうかなって考えた。結論として思いついたのは、漫画の主人公みたいな登場をすることだった。「本ばっか読んで、現実がつまらないの?」「私が物語よりも面白い世界見せてあげるよ」……まあ今思い返すと恥ずかしくて穴があったら入りたい気分になるのだけれど、とにかく言ったんだよ、そういうことをね。
もちろん彼女の反応は最悪だった。読んでいたその格式張ったハードカバーの本を私に投げつけてきた上に、「舐めてんじゃねえぞ!!」って殴り掛かってきたからね。
「ああ、あれは痛かった。人に殴られたのはきっとあのときが初めてだったね」
あのとき殴られた左頬をすりすりと触る。
「……でも、楽しかった。あのときの綾芽ってまだ自分の寿命のことなんか知らなかっただろ。やることなすこと全部いまより過激で、確かに面白い世界を見せてもらったよ」
彼女は続ける。
「なあ綾芽。……アタシが寿命のこと知りたいって言ったの、やっぱ恨んでるよな」
私は首を横に振った。
自分の命がいつ終わるのかというのを、自らが進んで占ったわけではない。涼子に提案されて占ったんだ。でも別に恨んでなんかいない。
たぶんあのときの涼子も、話の流れか何かでなんとなく知りたくなったんだろう。
ただ、やっぱりショックだった。
そのとき初めて涼子の前で泣いた。学校を早退して、2人で泣いた。
「恨んでなんかないよ。それを早めに知ったってだけで、今年の6月にはどのみち死んじゃうんだからさ。むしろ良かったと思う。知ったからこそ、1日1日楽しく生きられたと思うんだ」
占いで私の寿命を知ったときからだ。
涼子が「占いなんてない」「占いなんか否定してやる」って言い始めたのは。
あのときの涼子は頼もしかった。私の占いを覆すために、毎日奮闘してくれた。
でも、全部失敗した。決まった未来を変える事なんてできなかった。
それでも涼子は諦めなかった。毎日覆そうと頑張ってくれた。
……そんな涼子を見ているのが辛かった。
だからある日、私は寿命のことを気にしない風に振舞ったんだ。
そうすれば涼子はもう頑張る必要なんかないから。諦めが救いになると思った。
あのときの涼子の哀しい顔を思い出すと、胸がはち切れそうになるけど。
「涼子はさ、私の本心ってやつはもう気にしないの?」
彼女は少し考えた。
「……寿命のヤツ以外は全部、もとから本心だったんだろ?」
「ふふ、そうだね。嘘ついてたのはその部分だけ」
「なあんだ」
涼子は私のほうに身体を寄せた。俯きながら、ぶつぶつと呟く。
「結局、アタシがバカだったってだけか」
「そんなバカな涼子が好きなんだよ」
「うるせえよ」と彼女は私を小突いた。
居心地がいい。涼子の隣は。
「それでさ、お前。翔のことはどうするの。このまま喧嘩したまま終わり、ってわけにはいかねえだろ」
涼子は訊いてきた。
私にはまだ残している問題が2つあった。
それは、翔くんと唯の、それぞれに関する問題。
私の答えは決まっていた。私は──。
「翔くんに告白する。もう一回だけ」
そう宣言した。
涼子がそう来なくっちゃな、とニヤリと笑う。
「あ、でも。まずは唯と元通りの関係になりたいんだ」
「どうしてモブ子が先なんだ?」キョトンとした顔で彼女は訊く。
「やっぱり、作戦には彼女が重要なんだよ」
「作戦って、お前。また変なこと考えてんのか」
ふふふ、そうなのだよ涼子。
私が死ぬまでにしたい青春の中で、1つだけ足りないものがあった。
それは恋愛。
私には彼氏がいなかった。ずっと欲しかったけどいなかった。
そこに、翔くんという相手を占いで見つけた。
それで私と涼子と唯の3人で、あの部室で作戦会議したのが全てのはじまりだったじゃないか。色んな回り道をしたり傷付け合ったりしたけれど。とにかく3人で始めたことなんだ。
だったら、終わりもその3人でやるべきなのは当然だろう。
いつもの元気を取り戻した私は、立ち上がり涼子を指差した。
「ロマンス溢れる恋愛は、激突から始まるって言うでしょ?」
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