唯
☆
冬休みも終わり、3学期の授業が始まって約2週間。
「正解だ。席に戻ってよろしい」
数学の授業で当てられ、黒板に書かれた計算問題をすらすらと解く。
褒められた私は得意げな顔をして自分の席へと戻った。
席に座り、私は周囲の様子を眺めた。
あの渚くんが、3学期に入ってから1度も学校に来ていない。
事情は知っていた。絶望に打ちひしがれた涼子さんを慰めるためだ。2人でどこで何をしているのかは知らないけど、まあとにかく2人で仲良くやってるんだろう。私には好都合だ。
翔くん──私の大切な先輩を取ろうとしたあの人は、毎日学校には来ているものの、常に退屈そうな表情を浮かべていた。
対照的に、今の私は幸福に包まれていた。
昼休みに入り、私は2年生の教室棟へと足を運ぶ。
綾芽先輩とご飯を食べるわけじゃない。
昼休みは、ただ遠巻きに先輩の愚かな様子を見るだけ。
先輩はまるで別人になったように、抜け殻のように毎日生活していた。
涼子先輩も、翔くんも、先輩のせいで離れていった。本人の前では決して口に出さないけど、自業自得なんだよね。
どこからゾンビが出てくるかを完全に把握した状態でのホラーゲームなんて、全然怖くないじゃん。先輩が今まで占いを使ってやってきたことは、そういう状態を意図的に作り出すことなんだから。そんな状況に甘えていた先輩が悪いんだよ。
今となっては怖くて、占いの力なんて使えるはずがないだろうけどね。
修学旅行で仲良くなったらしい、上野さんが先輩に声をかけていた。先輩は怯えて、まともに返事すらできていなかった。上野さんはしまった、という顔を浮かべてそそくさと別の友人のところへ去っていく。
何もできなくなった先輩を見るのは、正直、興奮する。
放課後。この時間は、逆に先輩が1年生の教室へと足を運んでくれる。
安心を求めているんだ。──決して先輩を否定しない私という、安心を。
「今日も部活、来てくれるよね……?」
怯え切った先輩は、私だけに希望を見出している。
私はもちろんです、とにこやかに返事をし、手を繋いで部室へと向かった。
今や、先輩は私といるときしか安堵の表情を浮かべない。
林間合宿のとき、私は翔くんに言った。
──私が今したいことって、綾芽先輩と、涼子先輩がいて、そこに私がいる。この3人の日常を守ることなんだ。
これはある意味では嘘だった。
いや、そのときは嘘じゃなかった。本当にそう思っていた。
でも、自分の心をもっと深く考えてみたら、違った。
涼子先輩はいらなかった。
私は綾芽先輩と2人きりがよかったんだ。先輩を独占したかったんだ。
そしてあわよくば。私は想像して悦に浸った。
私がいなければ何もできないように、支配してやりたいと思った。
もはや先輩の彩りじゃ満足できない。対等なライバルでもまだ足りない。先輩が私を求めるように、支配してやることが私の本当にしたいことだった。
まさしく、今はその状況が作り出せそうで、私はとても充実している。
部室では、寂しさに苛まれている先輩を、毎日慰めていた。
先輩は私によく訊いてきた。
「ねえ、私のこと捨てないよね……?」
もちろんです、と笑みを浮かべてやると、先輩はほっとする。
自分のことは棚に上げている先輩。先輩のことをひたすらに考え続けていた涼子さんを、自分から切り捨てたっていうのに。そんな自分勝手な先輩が私は大好きだ。
「ありがと……。君がいなかったら、私もう生きてられないもん」
先輩は私に抱き付いた。
綾芽先輩は、私に完全に依存している。
涼子さん、見てますか。
涼子さんが気づかせてあげたかった本心っていうのは、綾芽先輩のこういう情けない姿なんですよ。占いがなければ自信も持てず、人間に対して怯え続ける、こんな臆病な姿なんですよ。元気な綾芽先輩ってのは、占いがあってこそなんですよ。
この状態に目覚めさせようなんて、涼子さんも結構ドSですよね。
まあ、涼子さんのおかげで私は自分にとっての理想郷を作り出せたわけです。先輩がそういう風に動いてくれたから、絶望に浸る綾芽先輩を支配することができたので。
「はあ……安心する……」
自分で言うのもあれだけど、私は不敵な笑みを浮かべた。
最高。本当に幸せ。めちゃくちゃに滾る。
アイデンティティを喪失した先輩が、彩りであったはずの私にすがっている。この姿が愛くるしくて、苦しくて、狂しくてたまらない!
みんな馬鹿なんだよね。この人も、涼子さんも。
なんで自分のしたいことが、他人本位なんだろう?
綾芽先輩が死に怯えないようにしてたのは、涼子さんを悲しませないためで。
涼子さんが占いを否定したかったのは、綾芽先輩を助けてあげるためで。
馬鹿みたいなすれ違い。
それは、自分のしたいことを他人に求めているからだ。
私みたいに、自分本位で動いちゃえばいいのに。
正直に言おう。先輩の気持ちなんて、私は考えてないよ。
むしろ、ボロボロにして壊してしまいたいと思ってる。
自分が綾芽先輩を支配したいから、そのために優しくしてるんだ。
だから誰ともすれ違いが生じない。翔くんや涼子さんみたいに、こじれない。
私は上手くやっている。
自分の欲求に、正直だから。
もう、先輩にとって私は単なる彩りではない。モブじゃない。
今の私を受け入れてくれる、たった一人のかけがえのない親友。
無二の存在。先輩にとっての、大切な存在。
だから、綾芽先輩はようやく呼んでくれたんだ。
「ずっと傍にいてね……
さいっこう!!
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