絶交しにきた

「休みだってのに、なんでわざわざ学校に……」

 終業式の次の日──翔くんに拒絶された、その翌日。

 今日は課外授業なんてないし、部活も休み。だけど、私は涼子を部室に呼び出した。涼子は部室の入口で、制服のポケットに手を突っ込んだまま気怠そうに立っていた。


「絶交しにきた」


 涼子が、驚きで目を大きく見開いた。


 もう、全部なくなってしまえばいい。壊してしまえばいい。

 多分、昨日の翔くんが私に対して抱いていた感情が、今日は私に乗り移っていた。

 これから、私は生涯一番の親友を傷つける。


 ねえ、涼子。

 翔くんに占いのこと教えたの、涼子なんでしょ。


「私ね、翔くんに振られちゃったんだ」


 力なく笑った。昨日、一生分泣いちゃったせいでもう涙は流れてこない。

 私の思いっきり腫れた赤い目を見て、涼子が心配そうな顔を浮かべる。


「お、おかしいよね。占いだとさ、私は翔くんと付き合えるはずだったのに。無かったのかな、占いなんて、嘘だったのかなあ」


 涼子が俯く私に近づき、頭を優しく撫でてくれた。

 だけど、彼女のその優しさが今の私の苛立ちを刺激した。

 原因を作ったのは涼子だ。……それが直感的に分かっていたから。


「なんで、振られたんだ?」


 空々しく、涼子は訊いた。


「翔くんに、占いのことがバレた。なんでかなあ、私、一応気は使ってたんだよ。モブ子にも内緒にしててって、言ったのにさ。誰がバラしたのかなあ。その人がいなければ、翔くんに嫌われることなんかなかったのに。……ねえ」


 最低だ、私。

 彼女の胸元に顔を伏せて、ぼそぼそと喋った。

 もう出ないと思ってた涙なのに、なぜか零れ落ちた。



「占いのこと、翔くんに教えたの、涼子なんでしょ」



 涼子が咄嗟に私のことを押して距離を取った。

 彼女の顔を見ると、どこか怯えているようだった。


「涼子、なんでしょ……?」


「ごめん」


 涼子は消えるような小さな声で謝った。

 ……いつもなら、謝られればすぐに許せたのに。2人はそういう仲だったのに。今回だけは、私の悲しみにも似た怒りが収まることは無かった。


「なんで……なんでそんなことしたの。なんで、なんでえ!」


 もう子どもみたいに泣きじゃくり、叫んだ。


「アタシは、綾芽を、助けようと……」


 涼子の声は震えていた。


「意味わかんないよ。占いのこと翔くんに教えたら、どうして私が助かるの。何から助かるっていうの!!」


「お前がその占いで寿のこと知ってから、どんどん変わっていったから……そんな姿を見るのが嫌で……元の綾芽に戻って欲しくて……」


 私は心の中で涼子を侮蔑した。

 私が変わったのは、寿命のせいじゃない。それは的外れだ。


 変わったのは、涼子のせいなんだよ。全部、全部!!


「分からないよ、涼子。昔っからお節介だよね。勝手に人の気持ちを決めつけて行動してさ、結局傷付いてるの自分じゃん。馬鹿みたい、本当に」


「でも、本当に……綾芽がと向き合って欲しくて!」


 本心って、なんなの。

 人の気持ちが偽りだって言いたいの。

 おかしいよ。

 昨日の翔くんも、今日の涼子も!


「分かんないよ、私が今抱えてる気持ちが、自分の心のものじゃないって言いたいの!? あんなに好きだったのに。いまもこんなに悲しいのに! なんで、みんなこれがニセモノだって言えるのかなあ……! 本人でもないくせに……!」


 涼子は泣きながら言ってきた。


「辛いんだよ……見ているこっちも。なんでもう少しで死ぬってのに、それがなんでもないような振りして立ち回ってんだよ。そんなのおかしい。なんでその恐怖心を閉ざしてんだよ!」


「涼子のせいでしょ!」


 私は近くにあった机をバンと叩いた。


「ああ、アタシのせいだよ! あのときのバカなアタシが悲しんじゃったから、綾芽はそうなっちまったんだ!」


 もう全部、涼子のせいだ。

 私がこんな思いをしているのも、翔くんに振られたのも、今喧嘩してるのも、全部、全部、全部。

 だから私は、彼女に意地悪をしたくなってしまった。

 取り返しのつかない、意地悪。


「翔くんにね、言われたんだ。先輩は未来予知で俺の存在を知ったから、好きになろうとしてるんだ、って。考えてみれば、そうだったかもしれない。……ねえ涼子、それ、涼子に対しても同じなんだ」


 これを言ってしまったら、間違いなく涼子は私に失望して二度と話してくれなくなるだろう。……だけど、狙いはまさしくそれだった。絶交しにきたんだから。




「占いで涼子が親友になってくれるって分かったから、仲良くしてたんだ」




 涼子の哀しそうな顔。

 しばらくして、涼子はその場にうずくまった。


「あ、当たり前だよね。私と涼子じゃ、好みも性格も全く違うんだもん。話しかけようとすら思わなかったもん。……ねえ涼子、涼子が私の占いのこと否定したいのはずっと知ってたよ」


 私はしゃがんで、涼子の肩を叩いた。

 見たことのない、絶望顔。きっと私も同じ目をしてるんだろう。



「でもね、君が否定したいその占いがなかったら、私たちは一緒になってないの。涼子が嫌いな占いのおかげで、私たちは友達になれたんだ」



 泣き崩れた。

 私は彼女のその様子を見て、涙をまた流した。その資格なんてないのに。

 最低だ、本当に。

 全部分かってたのに。涼子がした行動、考えは全部私のためだって。

 なのに、私は全てを涼子のせいにした。


 涼子は私に囚われているんだ。

 だったら、突き放して彼女を解放させてあげるのは私の役目だろう。


「涼子、絶交しよう。もう近づかないで」


 彼女の嗚咽が響き渡る部室。

 私は涼子を置いて──部屋から出た。

 さようなら、私の親友。




 もう、何もかもが嫌になって、死んでしまいたいとすら思った。

 悪いのは私だ。それは分かっている。

 嘘をつき続けて、自分本位に動いて、みんなを巻き込んだ、私が悪いんだ。

 でも、できることなら、君を思う心だけは本物だって、2人には伝えたかった。


「出会い方とか、どこが好きとか、そんなの重要なのかなあ……?」


 忍び込んだ学校の屋上で、遥か下のほうの地面を眺める。

 そこには涼子も、翔くんもいないのに。

 涙で憂う世界を眼前に、私はぽつりと呟いた。


 涙を拭く元気はなかった。

 屍のように、ただそこに立ち尽くす。


 ふと、楽になりたいと思った。

 ここから、一歩踏み出して。

 飛び降りてしまえば、私はしがらみから解放されて、楽になれる。


 もう深いところまで思考を巡らすことができない私は、死ぬことなんかことも忘れていた。

 死のう。死んでしまえばいい。

 翔くんを傷つけて、そして涼子も傷つけた。そんな私はこの世からいなくなればいい。


 目を閉じた。

 罪悪感から抜け出して楽になりたい。

 あと一歩の勇気で、それが叶うんだ。


 ふっと、身体の力を緩めようとした、そのときだった。


「こんなところで何してるんですか。綾芽先輩?」


 その声の主はモブ子だった。

 モブ子は私の腕を引っ張って、安全なところまで移動させた。


「……死のうと思ったの」


 笑顔のモブ子を前に、私はボソボソと呟いた。


「何言ってるんですかあ。先輩、死ねないくせに」


「……ここから飛び降りれば、流石に死ねるよ」


「そういうことじゃなくて。自分で言ってたじゃないですか。先輩は占いでが決まってるんだから、その日までは何があったって死にませんよ。先輩が異様に頑丈なのも、そのせいなんでしょ?」


 私は力なく笑った。

 今まで、その力のおかげで無茶できてたってのに、今は憎くて憎くて仕方が無かった。


「もう、この力、嫌だ……。未来予知なんて、できなきゃよかった……」


 この力のせいで、私は2人に嫌われてしまった。

 そして占いで「死期」が定まっている私は、それ以前のタイミングで死ぬことさえ許されない。どんなに死のうと思っても、今みたいに咄嗟のところで助けられたり、謎の回復力によって死ぬことは叶わない。


 まさしく、これは呪いだった。


「先輩……さっき聞いちゃったんですよね、私」


 モブ子は私の頭を撫でた。


「さっき、涼子さんと喧嘩してましたよね。話によると、翔くんにも振られちゃったとか……」


 私はゆっくりと頷いた。もう、涙を流し過ぎていちいち目が痛い。


「どっちも、占いと私のせい……」


 責めた。ひたすらに自分を責めた。

 だけど、モブ子はニコっと笑って私を慰めてくれた。


「違いますよ。先輩は悪くない。悪くないんです。悪いのは、先輩の辛さを何も分かってない、2人なんですよ」


 私は何も言わなかった。

 ただ、優しさに溢れるモブ子の話を黙って聞いていた。


「ひどい話です。占いがどうであろうと、先輩が先輩であることは変わらないのにね」


「先輩は今のままでいいんですよ」


「何があろうと、私は先輩の味方ですよ」


「私は先輩のこと、否定なんかしませんよ。間違ってるのは他の人なんだから」


 何も信じられなくなった私の心。モブ子の声だけが浸透してくる。

 私は顔を上げて、モブ子を見た。


「私は……これから何をすればいいのかな」


 モブ子が微笑んだ。

 ぎゅっと、彼女は私を抱き締めてくれる。


「全部、私に任せてください。ずっと一緒にいましょう。の部室を作り上げるんです。誰も先輩のことを拒絶なんかしない、そんな理想的な環境を、私が作ってあげますよ」

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