青春らしい恋愛

「このミルクチョコのケーキ、美味いな……」


 修学旅行4日目。夢にまで見た念願のユニバーサルなスタジオ。

 涼子はアトラクションなんかには目もくれず、ひたすらにパーク内のスイーツ店巡りをしている。

 本当は2人だけじゃなくて、修学旅行で仲良くなった上野さんたち上下左右グループとも回る予定だったんだけどね。

 涼子が変に嫌われることがないよう、事前にこの子のプランを伝えたら自然とどっか行ったよね。多分男子グループと回るんだろう。あの人たちは。それがいい。


「ねえ涼子。それ食べたらでいいんだけど、私もあの恐竜に背中掴まれるコースターに乗りたいなあ……なんて」


「あぁ? あんなののどこが面白いんだよ。しかも待ち時間見たか? 180分だぞ180分。そんなのに時間使ってたら、レストラン全部回れねえだろうが。ここでしか食べられないんだぞ」


 こういうテーマパークでアトラクション全制覇を目指す人の話は聞くけどさ。……上野さんたちは全部行くぞーって張り切ってたっけ。ファストパスとか上手に使えばできるのかな?


 レストラン全制覇は涼子、君だけの目標だろうね。


「魔法学校のジェットコースターは」

「上手いことやってる子ども騙しだろ? あれ」

「……後ろ向きのジェットコースターは」

「そんな思いつきみてえヤツ、つまんねえに決まってる」

「最後に水がざばーんってくるあのジェットコースター……」

「だからなんで全部ジェットコースターなんだよ!?」


 私は痺れを切らした。


「涼子こそなんで全部スイーツなの!? 初日からずっとなんか食べてるよね!?」


「お、美味しいんだからしょうがないだろ!」


 レストラン内だというのに、涼子は机を叩いて立ち上がった。

 カッとなった私も立ち上がり、この食いしん坊を睨む。


「私も京都で着付けしたかったけど、涼子が高速でお店回り続けるから我慢してたんだよ!? あとあれあり得ないんだけど! 奈良で鹿せんべい自分で食べてたでしょ!? あれ人間が食べるやつじゃないよ! 隣歩くのめちゃくちゃ恥ずかしかったよ!! それと昨日の夜ご飯のすき焼き、何考えてんのか分かんないけど突然あんこ入れだすし!! みんな涼子のこと怖いから何にも言わなかっただけでさ!!」


 涼子の拳が震えている。また殴りたいのか。

 でも、私だってせっかくの修学旅行、特にこのテーマパークは楽しみたいんだ。涼子といるだけで楽しいのは事実だけど、疲れているのもあって不満が全部爆発して止まらない。


「初日の夜も一昨日の夜も昨日も、寝ぼけてセクハラしてくるし!! いや上野さんの言ってることホントかなって思って、涼子の布団にこっそり入り続けた私が悪いんだけど! もはや私たち百合カップルじゃなくてガチレズって呼ばれてるんだよ!?」


「そ、それは知らねえよっ!!」


 涼子が顔を赤らめる。

 私もこんな公衆の面前で何言ってるんだ。変な汗をかいた。

 恥ずかしさを堪えて、2人ともゆっくりと座った。


「ごめん」ポツリと謝った。


「アタシも、甘いモノの誘惑が、どうしてもさ……」


 微妙な空気が流れる。

 涼子が、小さな声で言った。


「乗りに行くか。恐竜のヤツ……」


 涼子は席から立ちあがった。折れてくれたみたい。

 2人でそのアトラクションのほうに向かう。なんだか恋しくなっちゃって、涼子の手を握った。恋人繋ぎで。ごっこだけど渚くん嫉妬するかな、なんて考えながら。


「待ち時間めちゃくちゃ長いけど、待てるか?」


 スマホアプリで表示されている時間を見せつけてくる涼子。


「大丈夫だよ。ファストパス買ってあるから、結構スムーズに乗れるはず」


「……それって、金かかるやつじゃねえの」


「そうだけど、楽しみだったから」


 そう言った私の顔を、涼子がなんだか申し訳なさそうな表情で見ていた。


「その……ごめんな。お前のこと、ちゃんと考えてやれなくて」


 そっぽを向きながら謝る涼子。

 そんなに深刻に思い詰める必要はないのに。


「別に怒ってなんかないよ。私と涼子の仲なんだからさ」


 2人で列に並び始めた。

 思ったよりもスムーズで、気が付いたときにはあと数回で私たちの順番、というところまで回ってきた。ふと隣を見ると、涼子の顔が青ざめている。両手でスカートをギュッと握っている。……震えているようにも見える。





 あれ、もしかしてこの子、絶叫ダメな子?





「ねえ涼子。まさかとは思うけど……乗るの怖い?」


 私の心の中の加虐心が徐々に顔を見せてきた。


「は、はぁ!? な、なわけねぇだろ。こんなので、ビビるわけがねえっての……」


「今なら許してあげるよ。さっきレストランでユニバの絶叫系のことバカにしてたよね。それってまさか、から、なんて理由じゃないよね」


 あー。

 今なら、球技大会のときの会長があんな風に苛めていた気持ちもわかる。

 涼子、かわいいもん……。


「違えし! そ、それ以上言ったら殺すかんな!?」


「これ乗って、降りたときにまだその余裕があるといいね……。楽しみにしてる。さ、行こうか」


 会話していたらいつの間にかゲートが開いた。クルーさんに案内されて、椅子的なもの(決して椅子ではない)に座り、安全レバーが装着される。

 隣の涼子は面白いくらいに顔が死んでいた。このアトラクション、どっかのタイミングで写真撮られるんだったよな。その時の涼子がどんな顔するのか見てみたい。

 絶対買おう、その写真。あとでみんなに拡散しよう。


「なあぁぁぁ!?」


 椅子が90度後ろに持ち上がり、ちょうど顔と身体がうつ伏せの態勢になる。

 涼子が叫んだ。この程度で驚くとはまだまだ小心者だね。






「もう絶対乗らない。お前の頼みだとしても絶対に乗らない」


 涙目の涼子が、開口一番そう言った。

 鼻水をぐじゅぐじゅと啜り、目のあたりを拭う彼女。

 それがなんだか面白くて、思わずスマホでパシャパシャ写真を撮る。もちろん殴られる。


「あっはっはっはっは」


 殴られたけど、私はまだ笑っていた。涙が出てくるくらい。

 やれやれ、という様子で、涼子が首を振った。


「ホントに死ぬかと思った。90度で落ちるとこ」


「あそこが一番楽しいでしょ」


「スリルジャンキーの綾芽にはわかんねえんだよ……アタシはもっと平穏に暮らしたいの」


「君といると死ぬ思いばっかりするから全然平穏じゃないけどね」


 そう言いながら私は笑った。

 テーマパークのジェットコースター如きで人生を考える涼子がおかしくて。

 涼子と一緒に、例の写真売り場に行く。クルーさんに写真を見せられて、また爆笑した。なんだか、さっきから笑ってばっかりだ。


「涼子、顔死んでる!! 死を覚悟してる!!」


 想像してたリアクションとは違ったけど、これはこれで味がある。

 涼子には絶対買うなよと念を押されたし、2500円もしたけど、私はその写真データを購入した。一生の宝物だ。

 モブ子に見せてやろう……そう思ってラインを開くと、メッセージが1件来ていた。それこそ、モブ子からだった。




「『振られちゃいました』って」




 涼子にもスマホを見せる。

 少し考えて、涼子は言った。


「あれだろ。林間合宿の、翔への告白のやつ。……林間合宿があったのって火曜日、アタシたちが2日目のときだよな。なーんかラグあんなあ、そのメッセージ」


 今日は修学旅行4日目。木曜日。

 あの子ならすぐに結果送ってきそうだけど、どうしたんだろう。


 それより、『振られちゃいました』って、誰目線で話してるんだ。


「アイツ、たまに訳わかんないこと言い出すし、別にいいんじゃねえの。……ジェットコースター乗ってイライラした。ケーキ食べに行こうぜ」


「えー、またぁ? どうせなら魔法学校のやつ行こうよー」


 私はスタンプだけ送ってスマホをポケットにしまい、涼子と一緒にレストランへと向かった。

 それからも、レストランが中心だったけど、いくらかアトラクションにも乗った。

 


 涼子といるのは楽しい。

 渚くんには悪いけど、まるでカップルみたいで……。




 テーマパークも閉園し、いよいよ旅行最後の夜。

 今夜も涼子はマイペースに爆睡をかますのかと思ったんだけど、なぜか消灯後も起きてた。上野さんたちとの夜のトークに、今日は涼子も加わる。


「私さ、北見くんに告ったんだよね。地球儀の前で」


 イケメンな北見くんと一緒に回ったらしい上野さん。

 修学旅行だから勇気を出したみたい。青春だね。


「で、今返事待ち。オッケーしてくれないかなあ」


「上野さんかわいいから大丈夫でしょ」


「わ! 言うようになったな~九條さんも」


 それから、みんなの恋バナを順番に話していった。

 それなりに経験あったりとか、みんないろいろなんだよね。そこで気が付いた。

 1回も彼氏できたことないの、私だけじゃん……! って。


「それで……相沢さんはなんで九條さんのこと好きになったの?」


 テンションがおかしくなってるのかな。

 初日はあんなに怯えていた上野さんが、臆することなく涼子にそんなことを聞いた。涼子はキョトンとした様子で、


「いや、アタシら別に付き合ってねえよ」と断言した。正直助かった。


「え!?」みんなの驚く声が聞こえる。


「そうなんだよね。これ、言っていいのかな、涼子」


 私は涼子に聞いた。言葉にはしなかったけど、渚くんのことをみんなに言っていいのかって。彼女は頷いた。


「アタシ、年下に彼氏いっから」


 涼子が自分から言った。上野さん一同が再び驚く。


「え、え!? どんな子!? 誰!?」


「陸部の、田代たしろ渚って知ってっか? ソイツ」


「渚くん!? あれ、あの子のこと狙ってる人、何人か知ってるけど……」


 渚くんってそんなにモテるのか。

 涼子、よかったなあそんないい男と付き合えて。


「じゃ、じゃあさ……九條さんは、誰と付き合ってるわけ?」


 全員の視線が私に集まる。

 こ、ここまで来て彼氏いないなんて言えないんだけど。


は……いる」


 俯いて、ぼそぼそと呟いた。

 涼子が、何か言いたげな顔で私を見ている。


「え。ってことは彼氏はいないってこと? 元カレは?」


「実は……彼氏、できたことなくて」


「え!? かわいいのに」


「ほら、コイツ恋愛の話になるとこんな感じで大人しいけど、普段のはっちゃけ具合が凄げぇだろ。アレのせいで彼氏できねーの」


 涼子がからかい交じりにフォローしてくれた。

 なるほど……とみんなが納得する。いや納得されていいのかこれは。


「九條さんはさ、どんな恋愛がしたいの」


 上野さんに聞かれた。どんな恋愛、ね……。

 私は少し考えて、言った。







「青春らしい恋愛」







 我ながら変な答えだ。

 みんなの微妙な空気が流れる。たぶん、こういう抽象的なことじゃなくてどんなタイプの男と、どんな風に告白されて……とかっていう具体的なことを聞きたかったんだろうね。

 だけど、紛れもない事実なんだよ。普通にドキドキして、普通に告白されて、最後にああ、青春したなあって思えるような恋がしたいんだ。


 上野さんが、質問を変えた。


「じゃあさ、その人のどこが好きなの?」


 咄嗟に翔くんの顔を想い浮かべた。

 翔くんの好きなとこ。

 翔くんの好きなところはね。

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「……あれ?」

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