そんな年の差とか。

「2人とも起きて、朝だよ」


 上野さんに身体を揺すられて目が覚めた。

 涼子が先に寝ちゃったから上野さんや東西南北グループと話してたんだけど、いつの間にかベッドに入って寝ちゃってたみたい。あんまりその時の記憶がないけど。


 ベッドから出ようと思ったんだけど、何故か身体が動かない。

 何かに抱き付かれてる。私は布団を退かして、その”何か”を見た。


 何か、というはいまだに熟睡している涼子だった。私を抱き枕代わりにしているみたい。

 ……それより私、なんで涼子と一緒のベッドで寝てるんだ?


「昨日のこと覚えてないの?」


 いまいち状況を飲み込めていない私に、上野さんが説明してくれた。


「あのあと見回り来てさ、急いでみんなベッドに隠れたんだよ。九條さんは相沢さんの布団に潜り込んで……そのまま寝ちゃったみたい」


「そ、そうだったっけ……」


 頷く上野さん。なぜか恥ずかしそうにしている。

 それにしても涼子、全然起きないな。まだお休み中の彼女の拘束が解けない。


「その……2人って、そんな深い関係まで……?」


「あえぇ!? どういうこと!?」


 変なことを聞く上野さんのおかげで、完全に目が覚めた。ベッドから出たくても涼子が邪魔過ぎる。なんかまた強く締め付けられた気がするし。


「2人とも多分寝てたと思うんだけど……その、相沢さんが寝ぼけて……九條さんの、その……ダメ! 私これ以上言えない!!!」


 上野さんは突然部屋から飛び出していった。

 大方理解したけどね。この寝相の悪すぎる涼子がまた変なことやらかして誤解を深めたんだろうなあ。

 周りを見渡すとあのグループの人が誰もいない。みんなもう準備終わって先に行ったのかな……。


「涼子。起きて、起きてってば」


 彼女の身体を揺する。揺すっても起きなかったから頭をポカポカ叩いたらやっと起きた。痛てぇな!!って叫ばれながら顔ぶん殴られたけどね。

 おかげで頬の腫れがすごいんだけど。何が楽しくてせっかくの修学旅行に天下の女子高生がさ、ほっぺ腫らしながら京都徘徊しなきゃいけないんだよ。


 2人で制服に着替える。そのとき涼子が言った。


「1年、今日から林間合宿だろ」


「そうだね……モブ子が上手くやってくれるよ」


「普通に考えたら、告るのとかってやっぱ夜だよな」


 髪をくしで梳かしながら涼子が言う。


「モブ子がめちゃくちゃにしなきゃいいけど」


 心配する涼子。

 どちらかというと、私は翔くんに告白する女子がどんなヤツなのかの方が気になるんだけどね。



「俺は改めて思った。お姉さんは最高だ」

 

 林間合宿へ向かうバスの中で、隣席の渚が突然言い出した。


「分かる。俺も最近はお姉さん派なんだ」


 お姉さん全般というか、綾芽先輩を思い浮かべながら俺も同調する。


「遂にお前もこの境地に達したか……」


 仲間の存在の嬉しさを噛み締めている渚。

 別にお前みたいにお姉さんフェチなわけじゃないんだけど。いやお姉さんフェチって何。


「普段怖い感じなのにさ、2人きりになると甘えてくるところとかめちゃくちゃいい」


 渚が言った。


「それは別にお姉さん関係ないんじゃねえの」


「翔は分かってない。立場の違いとかそういうのも踏まえて考えてみろよ。最高にだろうが。あとこれは再三言ってるけど、大人の魅力ってのがやっぱりあるわけ。面倒見がよくてリードしてくれて、まるで本物の姉のように甘えさせてくれる。……そのくせ2人きりになったときのギャップがいいんだけど……分かるかな、突然『女の子』になる瞬間のグッと来る感じ。あれを味わったらもう即落ちだって。あとやっぱりセクシーさだろ、これは同級生や年下にはどうしても醸し出せな────」


 後半部分は右から左へと聞き流した。コイツもどうせ聞きかじった知識のくせに何を偉そうに。


 そういえばモブ子、どこにいるんだろう。そう思って周りを見渡してみたら、クラスの女子と仲良く談笑していた。久しぶりに先輩いないしね。

 俺は林間合宿のプログラムを眺めた。

 森林散策と夕食づくり。あとはほぼほぼお泊り会みたい。クラスの親睦を深めるイベントだから、遊びみたいな感じ。なんだかんだ言って楽しみだ。徐々に遠くに見えてくる山を眺めながら、俺は期待に胸を膨らませていた。




 まあ、ドキドキするようなイベントも全くなく、普通に1日が終わってしまったわけだけど。あとは1泊して、ただただ帰るだけだ。

 部屋で渚と一緒にスマホで麻雀をやってダラダラする。

 コイツの影響で最近始めた。ダラダラ話しながらやるのに最適なゲームだねこれ。


「そーいえば、江口たちが女子風呂覗こうとしてるとこ見つかって、さっきまで正座させられてたらしいぜ」


 渚がごろんと寝転がりながら言った。

 江口というのはウチのクラスで一番エロい変態大魔王だ。

 

「期待を裏切らないな、アイツは」と俺は言った。


「渚はそういうのやらないんだな。なんか意外」


 スケベっぽいのに。


「同級生の女子の裸なんか見たって仕方ねえだろ。ちなみに江口らは懲りなく女子部屋に潜入中らしい」


「全く反省してねえじゃん」と俺は笑った。



「……あ、翔に言ってなかったっけ」


 渚がスマホを放り投げ、俺の方を向いてから口を開いた。


「俺、彼女できたんだよね」


「はぁ!? え、いつから!? 誰!?」


 寝転がっていた俺だが、渚の衝撃発言で飛び起きた。


「実は9月頃から。姉貴だよ、姉貴。涼子さん」


「りょ、涼子さん~~~~~~~!?」


 いくらお姉さん好きだとはいえ、涼子さんを選んだの!? 

 あの金髪で暴力で全てを解決しようとするあの人を……。

 それにしてもよく続いてるな、お互い。


「え……てことはさ、勉強合宿のときとか、俺らに内緒で付き合ってたわけ」


 渚は悪いな、と言いながら頭を掻いた。


「ちなみにどこまで行ったの。ハグ? キス?」


「翔くんはピュアだなあ」


 渚は嘲るように、それだけ言って後は何も言わなかった。

 なんだよそれ。何しやがったんだお前!!


「ま、翔もそろそろ彼女できんじゃね? 綾芽さんといい感じなんだろ」


「うん……。なんか勉強合宿の初日の夜に……告白的なニュアンスでアピールされた気がする」


 あの日の夜のことを思い出したら、自然とあの日記のことも思い出した。

 涼子さんに何があったか訊きたいけど、あの2人だけの踏み入れちゃいけない問題みたいな気がして、放置していた。


 だけど。


 あれはそのままにしてはいけない問題な気がする。

 綾芽先輩と関係を深めたいんだったら、絶対に知るべきではあると思う。その資格が今の俺にあるのかは分からないけど。


 ぼうっとしてしまっていたみたいだ。渚が心配そうな目で俺を見ている。


「どうしたよ?」


「いや、何でもない……」


「そう。そういえば、この合宿の都市伝説知ってるか?」


「都市伝説?」


 俺は聞いた。


「この合宿中に告白して成功したら、一生涯結ばれるとかなんとか。ま、綾芽先輩一筋の翔には関係ない話だけど」


「はは。そうだね。じゃあ、江口たちが張り切ってるのもそれなんだ?」


 渚は頷いた。

 そんな都市伝説があるなら躍起になるのも分からなくはないなあ。綾芽先輩が同級生だったら、俺もその伝説を信じて告白しに行ってただろうしね。

 コイツと涼子さんが同い年だったらどうなんだろう。それだけでもう恋愛対象から外れちゃうのかな。だとしたらコイツの性癖って結構歪んでない? 「年上がいい」ってのは「同い年と年下はない」ってのと同じだし。


 そんな年の差だったりとか。

 ジンクスだけで人を好きになるなんてバカみたいな話だと思うけどなあ。


「俺らには関係ない話だけど、女子から告白されることもあるらしいよ、この合宿」


「へえ、恋愛したいのはみんな一緒か。男と女だからなあ」


 なーんて達観してるけど、俺もめちゃくちゃ彼女欲しい。

 早く綾芽先輩、旅行から帰ってこないかな。


 そんなことを考えているときだった。

 部屋のドアをコンコンとノックする音が聞こえる。


「……男子なら強引に入ってくるよな」


 渚がドアの方を向いて静かに言葉を発した。


「どうぞー!」と、とりあえず俺は叫んだ。


 入ってきたのはモブ子だった。1人で男子部屋に入るなんて結構大胆だなこの子。


「モブ子ちゃんよお。誤解されちゃうぞ」


 渚が呆れ口調で言った。


「えへへ。……ちょっと翔くん、借りてくね」


 モブ子が、自分の髪を撫でながら照れている。

 ……え、俺何されるの? 唖然とする渚に視線で助けを求める。



 ──この合宿中に告白して成功したら、一生涯結ばれるとか。



 渚が話してくれた都市伝説が、頭の中に突然浮かんできた。

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