百合カップルじゃないよ!?

 修学旅行初日。まさかの東京駅に現地集合。

 朝早く、涼子と最寄り駅で待ち合わせ。朝に弱い涼子は眠い目を擦りながら登場した。髪をバッサリと肩辺りまで切った姿で。

 あの中学の頃から伸ばしていた自慢のロングヘアーはどうしたよ。

 なんだかとってもボーイッシュで更にどうしようもないヤンキー感が増している。


「失恋でもした?」


 一応聞く。涼子は横髪をくるくると弄りながら言った。


「渚が、短いほうが好みだっていうから……」


「めちゃくちゃ健気」


 照れてるし。あーあ、この子も女の子になっちゃったな……。

 私はその女の子の手を握って、改札へと向かった。


「東武東上線に乗って池袋まで。あとは山手線に乗り換えて東京駅」


 電車が来るまでの時間で、修学旅行のしおりを見ながら経路を一応確認する。池袋駅での乗り換えの仕方がそれはそれは丁寧に書かれていた。

 我らが埼玉県民の方が東京の路線図と池袋駅には詳しいぞ。こんな1本程度の乗り換えで怖気づく私たちじゃない。


 特にトラブルもなく東京駅へと着いた。

 東京駅から東海道新幹線に乗ってまずは京都へと向かう。

 その新幹線の車内で、涼子が東京土産のひよ子を一人で貪っていた。


「……それ、いつの間に買ったの」


「乗る前にキヨスクで。綾芽も食べるか?」


 食べるか、と聞きつつ、彼女は既にひよ子を私に差し出してきた。

 あーん、と口を開け、涼子がそこに放り込む。

 美味しいけど口の中がパサパサするなあ。


「初めて見たよ。出発地でお土産買ってすぐ食う女子」


「バカにしてんのか」


 涼子は私を睨みながら、ひよ子をまた口へと運んだ。


「ふつう行きの新幹線はみんなでトランプとかして遊ぶもんだよ」


「お前と2人でババ抜きとかしてもつまんねえし」


 ひよ子を食べ終わった涼子。ちなみにひよ子は8個入りで1個当たり110キロカロリーである。太るぞ。

 彼女はスマホを取り出して、麻雀アプリを立ち上げた。怖すぎる、せっかくの修学旅行で友達と会話もせずに麻雀に打ち込む女子高生なんて怖すぎる。

 私は彼女のスマホを奪い、電源を切った。


「止めよう、涼子。流石にそれは良くないよ」


 この子が将来ギャンブラーになられても嫌だし。

 もっと社交性を持ってほしいんだよ私は。


「……別に、お前が隣にいたらそれだけでいいから」


 頬杖をつきながら窓の外を眺める涼子がポツリと呟いた。

 なんだよこの子。ツンデレかよ。私までちょっと照れちゃうじゃないか。



 まさかこの会話が聞かれていて、クラス中で壮大な勘違いをされるなんてことはまだ私たちには知る由もなかったわけだけど……。




 京都駅に着いた途端バスに詰め込まれ、比叡山へと向かった。

 まあお坊さんのお説法を正座した状態で長々と聞かされて、歴史にも宗教にも全く興味のない私たちは眠くなるわ足は痺れるわで散々だったね。寒いし。

 

 そんな中でも涼子は楽しそうだった。お土産のお饅頭を買えたからかな。

 お土産って普通は旅行から帰ってきてからみんなに配ったり、のんびり食べたりするものだと思うんだけど、彼女は次の行先へと向かうバスの中でもうむしゃむしゃと食べ始めてた。大丈夫かなこの子。渚くんへのお土産とかも我慢できなくて食べちゃいそう。


 それからもお寺巡りを繰り返して、あっという間にホテルに着いた。

 初日のホテルは6人部屋で、私と涼子と上野さんと下田さんと左海さんと右京さん。この4人はよく男子と話してるイケてる感じの人たちだっけ……。


 夕食も食べ終わり温泉も入り、自由時間。

 各々部屋でダラダラしていたら、涼子が突然私に言ってきた。


「ちょっと電話してくるから外行ってくる」


 私は頷いた。

 どうせ渚くんとイチャイチャ電話するんだろうなあ。


 涼子が居なくなった。取り残された私は何をすればいいんだろう……。

 ぼうっとしていたら、ギャルっぽい上野さんが私に聞いてきた。


「ねえ、九條くじょうさん。2人はどういう関係なの?」


「あ、それ私も気になってた」


 みんなが私に近づいてくる。


「どういう関係って……友達だよ」


 困惑する私。どうもこうも普通に友達じゃないのかな。


「本当? その……じゃなくて?」


 上野さんが小指を立てたその手を見せつけてきた。


「違う違う! なんでそうなるの!?」


「だってさ、涼子あの人って九條さん以外の人と全く話さないじゃん。目付き悪いし」

「なんか怖いし……夏休みの頃、後輩の胸倉掴んでたよね」

「キレやすいしキレたら手をつけられなくなるし。あでも九條さんだけが止められるじゃん」

「授業中はいっつも寝てるし、寝てないときはなんか食べながら九條さんとお話してるよね」


 散々な言われ様だなあ涼子。私は苦笑いした。

 全部事実ではあるから反論することもないし……。


「でも、九條さんとだけは仲いいじゃん。どっちから告白したのかなあって……」


「いや私たち百合カップルじゃないよ!?」


 私は叫んだ。

 そもそもあの子は彼氏いるし──と言おうとしたけど、多分涼子はクラスの人には内緒にしたいだろうと思って、口をつぐいだ。


「嘘だあ! 今朝の新幹線、さっそく2人でイチャイチャしてたじゃん!」


 え、あの会話聞かれてたの!?


「あんなの見せつけられたら確信に変わっちゃうよね」

「別に今は多様性の時代だから否定する事なんかないんだよ」

「あこの話、相沢あいざわさんには内緒ね……? 多分怒っちゃうから」


 多分じゃなくて絶対怒っちゃうよ。


 しばらくして涼子が戻ってきた。

 渚くんと会話できて満足そうな乙女の顔で。戻って来るや否や、彼女はベッドの中に入りすぐに目を閉じた。


「寝るの早すぎじゃない?」


 私は涼子の身体を揺すった。涼子が飛び起きて突然私の腹を殴る。殴ってからまたすぐに布団を被った。なんなんだこの理不尽な暴力は。


「さっきお菓子食べてきたから眠い」


 布団に包まる彼女はそう言って眠りへと落ちた。ドカ食い気絶部じゃん。

 いやあのね、涼子。普通修学旅行の夜ってのは恋バナに花咲かせるわけじゃん。君が寝ちゃったら私は誰と話せばいいんだよ。

 クラスでイケてる感じの上下左右グループ(上野、下田、左海、右京)と話せって言うのか。この人たち、君と私がカップルだと信じ切ってるから話の続けようがないよ。ついでに君が帰ってきたからみんなダンマリだし。


 微妙な空気が流れる。いつの間にか時間が過ぎて、もう消灯時間だった。


「一応電気は消すね」と上野さん。騒いでるの見つかったら怒られるからね。




 10分くらいして、部屋のドアが開いた。


「みんな起きてるー?」


 先生かと思ったら、クラスの男子たちだった。消灯後に女子部屋に忍び込むなんて、なんてベタな展開……。


「北見くんやっぱ来てくれたんだ!」


 上野さんが嬉しそう。この男子たちは上下左右グループがお目当てみたいだ。4人の男子がぞろぞろと入ってくる。涼子はスヤスヤと寝ていた。幸せそう。


「あれ、九條さんも同じ部屋なんだ!」と北見くん?は私を見かけるなり言った。


「はは……こんばんは」


 ぎこちなく挨拶する私。

 翔くんと渚くん以外の男子と会話するの久しぶりだなあ。


「てかやべえ。俺九條さんと初絡みかも」

「俺のこと分かる? 西山」

 ・

 ・


 ぞくぞくと絡まれる。

 この4人組の男子はクラスで人気の東西南北グループ(東村・西山・南条・北見)だった。

 君たちはそこの上下左右と仲良くやってくれって思ってたんだけど、なぜか結構話を振られた。普通に盛り上がり、次第に輪に入ってみんなで会話を続けた。涼子はすーすー寝息を立てている。


「てかさ、九條さんって結構かわいいよね」


 西山くんが突然言い出した。


「え好きな人とかおらんの?」


 グイグイくる男の人はちょっと苦手だ。


「ちょっと止めなよ。九條さんはもう彼氏いるでしょ」


 上野さんが助け船的なモノを出してくれた。だけどそれ違うよ。

 君の言う私の彼氏は涼子でしょ。西山くんは察したみたいで、


「その相沢さんはどこにいるの?」と聞いてきた。


 相沢さんならそこのベッドでもう寝てるよ。私は返答した。


「え、まだ消灯してから30分も経ってないじゃん。ヤンキーなのに早いって」


 クラスの中で、涼子がヤンキーなのは共通項みたいだ。

 次第に話題は涼子のことになる。本人がそこで寝てるんだけどね。

 これ、私が涼子の話したら結構盛り上がるかな。そう思って話し始めた。


「あの子、昔からとにかく甘いものが好きなんだよね」

「あーね。めっちゃ食べるよね。えてか2人、同中なの?」

「そうだよ。中1からクラスも全部一緒」

「へえ。相沢さんって結構怖くない? 平気なん?」

「平気だよ。たまに殴られるときは痛いけど……。基本不機嫌だけど、ちゃんと優しいところもあるし」


 ……言ってて思ったけど、これって暴力彼氏と依存癖のある彼女の関係では?


「──どっちから告ったの?」

「いや、告るとかそんなのじゃ……」

「それくらい仲がいいってことっしょ。告白なんてただの確認作業なんだし」


 何か違う意味で誤解されているような気がするけどまあいいか。


「でさ、相沢さんのどこが好きなの?」


 そう聞かれた。

 涼子の好きなところ、かあ。

 私は天井を見上げて考えた。みんなの注目が私に集まっているのが分かる。


「涼子の好きなところ……ね」


 中学時代から回想する。

 しばらく考えて、私はポツリポツリと言葉を紡いだ。




「……いつも友達想いで……私のことを守ってくれて…………お前のためならアタシが犠牲になってもいいって言ってくれて……私のことを真剣に考えてくれてる、そんなところかな……」




 言い終わって、みんなが黙った。

 ……変なこと、言ってないよね?



「ちょ、それ尊すぎるでしょ……」


 上野さんが突然バタバタしだした。

 そのとき理解した。

 さっきの私のアレでこの人たちの誤解を更に過熱させてしまっていたんだ!


 私は顔を赤くしながら叫ぶ。


「だ、だから。私は涼子と付き合ってなんかないからッ!!」


 紅潮顔を浮かべる私を前に、みんながまた笑う。

 なんとしてでもこの修学旅行中に、百合の誤解を解かなくては……!

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