親友といえど流石にセクハラし過ぎるのはよくない

 深夜0時15分頃。

 私は監禁状態の部屋から飛び降り、近所を徘徊していた。

 受け身に失敗してちょっと折れちゃったけど、まあ歩けるし明日には治ってるから大丈夫か。気にせずに散歩を続ける。


 閑静な住宅街だけど、たまにカップルが歩いてるんだよね。

 大学生とかなのかなあ。恋人繋ぎをしてイチャイチャしてる人たちとすれ違う。


 ──結構、攻めちゃったな。


 私は思う。

 さっき、翔くんとゲームしてたときについつい踏み込み過ぎちゃった気がする。

 あのとき、モブ子の邪魔が入らなかったらどうなってたかなあ。

 たぶん、どっちかが告白しちゃってたよね。会長の狙い通り、『ゆうべはお楽しみ』状態になるところだった。

 ……いや、むしろそっちの方が良かったかな。みんなにバカにされても、それって結構幸せなことなんじゃないか。

 あー、どうせなら、翔くんから告白してほしいなあ。ふふふ。


 とにかく変な妄想をしながら歩いていたら、またカップルが向こう側に見えた。

 先輩と後輩かな。街頭で照らされる、金髪のヤンキーっぽい女の人。

 その人が隣の男の子──渚くんに似てるな──の手をぎゅっと掴んで、談笑しながら歩いてる。それはそれは幸せそうに。


 いや、待て。

 私は立ち止まり、そのカップルを見た。


 どっからどう見たってその2人は。







 涼子と渚くんだった。




 いや待て待て。マジでどういうこと。

 すかさず、電柱の陰に隠れる。気付かれないようにやり過ごそう。

 ……涼子、君はいつの間に渚くんとそんな親密な関係になったんだ。いや知ってたよ。2人がいい関係なのは知ってたよ。でもそれって恋愛感情込みの話だったのね。

 あとそんな女の子みたいな、無邪気な笑顔を浮かべることができたんだね。クールな君はどこに行ったよ。


「姉貴がこの前薦めてくれた豆乳、ちょっと俺には合わなかったっすね」

「えー、あれ美味いだろ。どっからどう考えても」

「あれは結構好み分かれますって」

「そう……渚と一緒に飲めたらいいなって思ったんだけど」

「はは。姉貴と一緒だったらなんでも楽しいですよ。味なんか関係ないっす」


 いや褒め上手か、渚くん。彼はモテるって翔くん言ってたっけ。

 涼子が完全に落ちちゃってんじゃん。へへ……とか言いながら鼻の下人差し指で擦っちゃってんじゃん。照れちゃってんじゃん。


 ラブラブな2人が近づいてくる。

 息をひそめて、見なかったことにしよう……そう思ってたんだけど。


「いやー、それにしても今日の姉貴凄かったっす」


「ば……そういうこと道の真ん中で言うなって……」


 あえぇ?

 君たちはいったい何の話をしてるんだ。まさか、まさかとは思うけど。



「みんなには内緒だかんな……?」



 この一言で確信した。

 2人が私の横を通過しようとしたその瞬間、私は涼子の腕を掴んだ。

 そのときの彼女の表情が忘れられない。しまった、という感情とどう言い逃れしようか、みたいな気持ちが混在している、微妙な表情。


「あ……え、綾芽……なんでここに……」


 しどろもどろな涼子。


「ちょっと2人でお話しようか……」


 あくまで笑顔で、渚くんに視線を送る。さっさと帰れ、っていう視線を。

 怯えた彼はどこかへと去っていった。


 涼子と2人きりになる。


「まさか涼子がね」


 空を見上げながら言った。


「涼子がまさか、そんなドスケベビッチ女だったとは」


「な、なに誤解してんだお前!!」


 涼子が顔を真っ赤にしながら反論する。

 その真っ赤になってるかわいい姿がその証拠だよっ!


「私が助けてってライン送ってる合間にさ! まさか2人でご休憩して『お楽しみ』だったなんてひどいよ! 友情よりもスケベ心かー!!」


「だから!」


 沸騰している。沸騰している。


「涼子、別に怒ってるわけじゃないよ。ただ私に内緒でコソコソ付き合うなんてなあって。いや、漢字がちが──」


「それ以上言ったら殺すからな」と涼子に遮られる。私も流石に過熱し過ぎた。反省しよう。


 2人でゆっくりと歩き始めた。10月の深夜はやはり冷える。


「いつから?」


「えっと……球技大会の翌週に告られた」


「……そっからソレって早すぎじゃない?」


「だから……その」


 もはや否定すらしなくなったな。実は身体が火照ってるのか。

 まあ私には雑誌の知識しかないけど。


「はーあ。みんな大人になっていくよ」


 私はポツリと呟いた。なんだか私だけが取り残されている気がする。


「綾芽こそ、翔とどーなんだよ」


「そろそろかな」


「……よかったじゃん」


 涼子が寒さに身を縮こまらせる。




「うん。私も涼子みたいに不純異性交遊できるように頑張るよ」




 冗談で言った。

 彼女には冗談が伝わらなかったみたいだけど。

 真っ赤な涼子に、初めに顔面をぶん殴られて続けて腰を思いっきり蹴られる。

 

 親友といえど流石にセクハラし過ぎるのはよくない。薄れゆく意識の中でそう思ったね。




 日曜日。またみんなで机を囲んで勉強する。

 みんな、とは言ったけど綾芽さんがいなかった。

 腰が折れたから病院に行くって言ってた。昨日飛び降りたのがやっぱりよくなかったのかな。


「翔くん。……その」


 モブ子が近づいてきて、耳元で囁かれた。


「先輩が次の日になっても治らない腰痛ってさ……」


 息を呑むモブ子。





「ちょっと、激しすぎだったんじゃないかな……?」




「何の話!?」


 全く意味の分からないことを言うモブ子に対し、俺は声を荒げた。

 なぜか、全く関係ないはずの涼子先輩が机をバンッと叩く。唐突過ぎてめちゃくちゃビビった。


「黙ってろっ!」


 そう言って視線をプリントへと移す涼子さん。

 理由は分からないが、顔がかなり紅潮していた。


 渚はなぜか死んだ目で、メガトンパンチを一人でやっていた。





 そんなこんなで、ハプニングがありながらも割と楽しく勉強会をした俺たち。

 尋常じゃない回復力を持つ綾芽先輩は、飛び降りの際(だと思うんだけど)の腰痛がなぜか治らず合宿期間中不在だった。

 

 綾芽先輩の問題予想を当てにしていた俺と渚と会長の3人は見事に赤点を取った。

 再試に向けてまた先輩に泣きついたのだが、それはまた別のお話。

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