あの2人、もしかしてデキてるんですかね?

「バカぁ! そんな風に包丁持ったらあぶねえだろっ!」

「うげえ、素材から分かる庶民のクソみてえな味ですわ……」

「火の管理誰ですか!? 燃えてますけど!?」

「たまねぎの皮ってどうやって剥くの」

「というかカレー作るのにルーないじゃないすか! ちょ、かける急いでスーパー行って買ってきて!」


 勉強合宿初日。

 みんなで夕飯にカレーを作ることになったけど、綾芽先輩がめちゃくちゃ足引っ張ってた。あの人が1人で生きていけるビジョンが見当たらなかった。とにかく危なっかしくて、涼子さんをはじめみんながハラハラしながら見守っていた。全然タイプが違う涼子さんが先輩に付き合っている理由が分かった。ダメ女を養う男の構図だ。


 だけど、そんな綾芽先輩もかわいいんだよな。スーパーからの帰り道で思った。

 片手にカレールー(甘口)を手に持ちながら歩く。甘口を買えというのは涼子さんからキツく言われていた。あの人は甘味が好きというよりは、そもそも辛口が食べられないお子様の味覚なんじゃないか。ヤンキーの人って案外サンリオとかのかわいい系が好きだったりとか子供っぽいところあるからなあ。



 先輩の家に戻る。みんな自分の仕事は終わったみたいで、リビングで野球中継を見ていた。千葉ロッテがボコボコにされていた。

 キッチンへ行き、ルーを鍋に投入してコトコトと煮込む。煮込んでいたら涼子さんが突然現れて、「代われ」と言われた。俺の代わりに煮込みの火を見守るエプロン姿の涼子さん。家庭的。この人は料理はできるし安心だなと後ろで見ていたら。


「隠し味だ」と、大量に砂糖やらハチミツやら練乳を投入した。


「ちょ、何やってんですかあ!?」


 みんながいないうちにとんでもないことやりやがったこの味オンチ!


「知らねーの? 隠し味に甘いの入れっと味に深みが出るんだ」


「もともと甘口ですよ!? あとそれにも限度ってモンがありますから!」


「うるせえ。甘いの、みんな好きだろ?」


 涼子さんはニコっと笑った。

 そりゃ大部分の人間は好きだろうけど、涼子さんの甘さはちょっと違うんだ。


 煮込みも終わり、カレーの盛り付けを2人でする。見た目は美味しそうなカレーだ。味がどうなったかはもう知らない。



 全員分をリビングへと運び、みんなで机を囲んで食べる。

 味は大不評だった。外国のゲロ甘のお菓子みたいだった。


「うわこのカレーやばいですよ。お子様用のレトルトカレーより甘い」とモブ子。

「あー……誰が何をしたか、なんとなくわかるよ」察しのいい綾芽先輩。

「庶民の味ってずいぶんと下品な味ですのね」そもそもの味を知らない会長。

「ロッテ、また負けてんなあ」現実逃避する渚。


 そんな声が聞こえているのかどうか分からないけど。

 涼子さんはただ一人、心底美味しそうにカレーライスを頬張っていた。



 ご飯をなんとか食べ終えて30分くらいダラダラと過ごす。

 野球中継の盛大な応援が聞こえる。

 涼子さんが「コンビニ行ってくる」と言い部屋から出て行った。タバコとか買いに行くのかな。偏見だけど。10秒くらいしてから、渚が「俺も行ってくる」と言い残して消えた。


「あの2人、もしかしてデキてるんですかね?」


 ソファに寝転ぶモブ子がポツリと呟いた。


涼子あの女に限ってあの渚とかいうガキを選ぶとは思えませんの……」


 ストロングゼロをぐびぐびと飲む会長。ダメ人間っぽくて様になる。

 ──いや待て、高校生……あ、この人は留年してて20歳だからいいのか。


 酔っぱらってるのか分からないけど、会長は変なことを言い出した。


「綾芽さん、この家に部屋はどれくらいありますの?」


「部屋ですか?」

 

 先輩は指を折って数え始めた。


「このリビングとお母さんの部屋、お父さんの部屋、さっきまでいた私の部屋、あと使われてない部屋が1つ。……全部で5つですけど」



「じゃあ、あんたと翔くんは一緒に寝なさい」



 何言いだすんだ、この人!?

 綾芽先輩は飲んでいたカルピスを噴き出してむせていた。


「当然ですの。一人一部屋確保しようとしても足りないんですの」


「い、いや。俺が渚と相部屋になれば済む話でしょ」


「それじゃつまんねーですの。合宿のハプニングといえばこういうことですの。もちろん、涼子さんと渚くんに対してもお膳立て致しますわ」


 モブ子が今の話を聞いてなんだかウズウズしている気がする。まさか乗り気なわけじゃないよな。

 俺はチラッと綾芽先輩のほうを見た。……いつものことだけど、先輩こういうときすごい顔赤くなるよなあ。かわいい……。いやそういうことじゃないんだ。そんな憧れの先輩と一緒の部屋でお泊りだなんてラッキーなイベント、そりゃしたいに決まってるけどここは男としての理性を見せなければならないところでもありつまりええと……。何を言おうとしたんだっけ。俺の頭はもう処理落ちしている。


「お、お風呂入ってくるね……」


 真っ赤になった先輩はこの場から去った。

 ドアを閉める音が鳴る。会長がニヤニヤと笑った。


「してやったりですわ。私はコレを狙っていましたの。あの何でも分かり切った生意気な顔を崩すには想定外のことをしでかしてやるのが一番ですの。……ふふ、あの女の悶々とした顔を見るのが今から興奮しますわ! むっつりスケベのアイツの理性が崩壊する瞬間をじっくり見届けてやりますの!!」


 会長の高笑い。恐ろしい思想を持っていやがる。

 俺は背筋が震えた。

 綾芽さんの尊厳を守るためには、俺も我慢しなければならない……ッ!


「いや、それ翔くんいる前で言ったら意味ないですって」


 モブ子の冷静なツッコミ。

 野球中継の歓声が聞こえてきた。

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