何も起きないはずもなく……
♀
「メガトンパンチめちゃくちゃ上手いっすね」
「いちおーやり込んでっから」
勉強なんかそっちのけでテレビゲームに熱中する涼子と渚くん。
それ25年くらい前のゲームだよ。もっと楽しいことあるよ絶対。
「うわあ。すんごいなあコレ……」
モブ子はまだベッドに寝転がりながらTL雑誌読んでるし。
大っぴらにそんなセンシティブなページを開かないでくれるかな。
翔くんはというと、教科書は開いているものの心ココにあらずという様子で。
そりゃそうか。憧れの先輩(これを自分でいうのも結構恥ずかしいけど……)が実はめちゃくちゃなズボラで、しかもスケベな本を収集していたなんて知ったら幻滅するか。百年の恋も醒めるかそうか醒めちゃうよね。
私は彼と机を挟んで向かい合うように座っていた。恥ずかしいのであまり前は向かず、黙々と問題集の問題を解く。「次は刹那の見斬りな」涼子の楽しそうな声が聞こえてくる。モブ子の感嘆も定期的にやってきた。そして翔くんのため息も時々。
……要するに、私以外誰もテスト勉強なんかやってなかったのだ。
事実上、人の家に勝手にお邪魔して各々くつろいでいることになる。
「……ねえ。それで会長さんはなんでまだ来てないのかな?」
私はモブ子に恨みを込めながら聞いた。モブ子はこっちを振り向きもせず、
「あの人はお昼頃に来るらしいですよ」と言った。
「言い出しっぺがなんでそんなに遅いのよ」
「知りませんよ。お嬢様だから準備に時間がかかるんじゃないですか?」
モブ子は雑誌を閉じた。そして私に聞く。
「これ、今月号どこにあります?」
「……適当に探してよ。というかさ!」
私は立ち上がった。みんなの注目が私に集まる。
「勉強会なのになんでみんなそんなにくつろいでるわけ!?」
私は怒った。
「固いこと言うなって。会長がまだ来てないんだからいいだろ」
「そうっすよ。まだ土曜日の午前中っす」
「適当に、ってどこにもないじゃないですかあ。続きが気になるんですよ」
「……ちょっとお腹痛いのでトイレ行ってきます」
誰もマトモに聞いてなかったけどさ。
痺れを切らした私は「後で泣きついても知らないからね」と言い捨て、1人寂しく勉強を続けた。
刹那の見斬りで盛り上がるなよ涼子。私の沸点は見切れなかったくせにさ。
黙々と勉強すること3時間くらい。玄関のチャイムが鳴ったので私は廊下に出て、玄関の扉を開けた。そこにいたのは予想通り会長だった。ゴスロリ服に身を包む彼女は私の顔を見るなり言った。
「豚小屋かと思いましたわ。この家」
「それめちゃくちゃ失礼ですからね」
巨大企業グループの会長様の家に比べたらそりゃ貧相でしょうけれども。
会長はなぜか大きめのキャリーケーツを引いていた。涼子といい、この荷物の多さはどういうことなんだ。
「さっそく私に勉強を教えますの」
私を押し退けて、先に家に上がる会長。部屋の位置なんか分からないはずなのに、堂々と階段を昇って私の部屋へと辿り着いた。この人こういう意味わかんない特殊能力持ってるんだよな。
「6畳の部屋に6人もいるとずいぶん窮屈ですわね……。あー! カービィやってますの!? タイムアタック界の覇者と言われた私ことゲーミングお嬢様が神プレイをお見せして差し上げますわ!!」
会長はテレビ画面を見た途端にそう叫んだ。この人も勉強する気がないらしい。
「そういう下りはもういいですから!!」
渚くんからコントローラーを奪おうとする会長を制止した。その勢いで、ゲーム機の電源を切る。コンセントも抜いた。モブ子の本も奪った。
「何するんですかぁ!?」
「何すんですかぁ、じゃないよ。今から本気で勉強するんだよ。勉強しない人は帰ってもらうからね!」
渋々勉強道具を取り出すみんな。モブ子が私の隣に来て耳打ちをしてきた。
「先輩こそ翔くんとデートするんだーって、勉強する気なんか無かったくせに」
段々と毒舌キャラになっていくモブ子の肩をドンと押して、会長のところへ行く。一番の目的は会長の赤点回避だし、この子のからかいに付き合ってる暇なんてない。
「何の科目がヤバいんですか」私は聞いた。
「古文、地理B、数Ⅲ、物理、化学、英語ですわ。つまり現文以外の全部。特に数Ⅲなんか10点も取ったことありませんの」
自慢げに高笑いする会長。全然誇らしいことじゃないぞ。
「理系だったんですね……私文系だから教えられること少ないですよ」
「いいんですの。出題される問題をビシッと教えてくれたら、そこだけガッツリ理解しますの。さっそく数Ⅲを私に教えますの」
教えますの。っていうけど私履修してないんだよな……。
「えっと、まず範囲が関数と極限?ってやつで。基本的には授業プリントの問題をそのまま出題するみたいです。だから答え丸暗記しとけば赤点は回避できるんじゃないですか」
予知によるとね。
「……私が授業プリントを持ってるとでも思っているんですの? あんなもの全部捨てましたわ。もっと具体的なアドバイスをよこしなさい」
馬鹿だこの人。私は口をぽかんと開けた。
先生が丹精込めて作った教材から出題することくらい、未来予知とか関係なく分かるはずなのに。とりあえず授業で取り上げた問題やっときゃなんとかなるみたいな節あるのに。高校のテストなんて、赤点回避程度だったらそれだけでいいのに。
止めよう。この人に時間を使うのは止めよう。私は周りを見渡した。
「だから、両辺で元素ごとに原子の数が等しくなるように係数をつけてやれば──」
涼子が渚くんに優しく教えている。2人の距離がなんか近い。近いというかほぼほぼ密着してるな。渚くんも嬉しそう。
海のときもだけど、この2人ってなぜか仲いいんだよな。さっきまで一緒にゲームしてたし、二人きりで帰ってるの何回か見たことあるし。はじめて会ったときはクソガキとか言ってなかったっけ? なんで頑張って恋愛しようとしてる私よりも先にいい感じの雰囲気になってるんだ。羨ましい。
「翔くんは何の教科の勉強してるのかな……?」
私は翔くんに近づいて聞く。
羨ましがるよりもまずは行動することが大切。
「コミュ英が全然分からないんです」と翔くんは言った。
確かに彼の手元にある英訳問題プリントを見ると、「これはペンです」を「I am a pen.」と訳すベタなギャグマンガみたいな間違いをしていたし、中学生レベルの知識すら無いみたいだ。一応この学校って偏差値50後半はあるのにどうやって入学したんだろう。
それを聞くと「スポーツ推薦です」と返ってきた。すごいなスポ薦の力。
「じゃあ教えてあげる」
今日だけ頑張ったってもう手遅れだと思うけど、翔くんと距離を縮めるチャンスだ。涼子と渚くんみたいに……。
「コミュ英って加賀先生でしょ? あの人はとにかく和訳の問題が多いからね。単語の意味をちゃんと覚えて文章を組み立てられれば──」
未来予知で知った出題問題を、それとなく教えていく。結構恥ずかしいけど、時々身を乗り出して肌が密着するように意識する。翔くんもこれで自然と意識するはず。ふふ、ふふふ……。私の方がドキドキしてる気がするけど……。
モブ子が何かを言いたげに、私たちのほうを見ていた。君が何を思ってるのかは知らないけど多少の積極性は年上の特権なのだよ。
そんなこんなで、夕方まで真面目に勉強していた。翔くんに教えるのをメインにして、時々会長のほうにも教えに行く。実にマトモで有意義な勉強会だ。
だけど、マトモで有意義な勉強会は会長のある言葉で終わりを告げた。
「もう18時ですわね。そろそろ夜ご飯を準備してほしいですの。綾芽さん」
会長が突然そう言った。
この人、夕飯まで人の家で食べるつもりなのか。
「ご飯はお母さんに聞かないと……」
至極当たり前のことを言った。だがしかし。
「綾芽さんのお母様とお父様なら昨晩、5泊6日のグアム旅行に行きましたわよ?」
「は? そんなの一言も聞いてないんですけど」
だけど確かに、1日中家に居て一度も会ってない。5人も友達を招き入れて部屋で騒いでたら、様子くらい見に来てもおかしくない。
「会長グループからの粋な計らいですわ。2人が寝ている間に社員が飛行機まで運んで、目が覚めたらそこはグアムの高級ホテルですの」
「いやそれ拉致──」
「お黙りなさい。だって、その方が都合がいいでしょう?」
都合がいい?
一体何を言ってるんだこの人は。
私のキョトンとした顔を見て、会長をはじめ全員が困惑した表情を浮かべる。
「何を言ってますの? この集まりは勉強合宿ですのよ。今日からテスト終わりの水曜にかけての、4泊5日の勉強合宿」
──4泊5日の、勉強合宿。
私は硬直した。
そういうことだったのか。私は変な汗をかいた。
涼子が巨大なバックパックを背負ってきたのも。会長がキャリーケースで来たのも。よくよく見たら1年生の3人がそこそこ大きめのバックを持っているのも。みんなが全然危機感を持って勉強していないのも。
全部、合宿だって分かってたからなのか。
固まる私に会長がニヤニヤしながら近づいて、囁いた。
「4泊5日。男女6人。共同生活。何も起きないはずもなく……ですわ」
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