んぁああッ!?
♀
朝7時ちょうどに目を覚ます。電子音が鳴り響くアラームを止める。
いつもは休日にアラームなんかセットしないけど、今日は特別。昨日約束したからね。
「ふふ。翔くんとデート。ふふ……」
枕をギュッと抱き締めながら私は呟いた。楽しみ過ぎる。にやけが止まらない。
「デート? 先輩何言ってるんですか?」
「んぁああッ!?」変な声出た。心臓止まるかと思った。
「なんで私の家にモブ子がいるの!? しかも今、まだ7時だよ!?」
モブ子は平然と私のベッドに腰掛けていた。私の問いは無視らしい。
家には当然鍵かけてるし、部屋にも鍵かけてたのに、どうやって侵入したんだろう。
「それより、綾芽先輩ハンパじゃないですよ。起きてすぐ翔くんとデートだのなんだの呟くの。あと雑誌とか変なものとかそこら辺に取っ散らかってるし……」
「うるさいなっ! 楽しみにしてることがあったら私は毎回こうなの」
私は布団の温もりから抜け出して、カーテンを開けた。眩しい光が一気に部屋へと差し込む。思わず目を細めた。
「私は恋愛するんだ~って言い始めた頃はなー。先輩がリードしてあげるよって感じだったのに、今じゃすっかりただの惚れやすい乙女になってしまって」
モブ子が私のTL雑誌を勝手に読みながらなんか言ってる。
もともとロマンスの溢れる恋がしたいって言って始めたんだから、今の状態が健全だしその方が楽しいじゃないか。
顔を洗って歯を磨こう。
部屋から出ていこうとしたら、モブ子が突然ぼやいた。
「最近全然予言しないし。タイトル詐欺じゃないですか!」
「何の話!?」
うーん。歯を磨きながら考える。
よくよく考えたら、私はまだモブ子に家の住所を教えていない気がするんだけど。本当にどうやって入り込んだんだ。それにまだ朝7時だよ。普段の休日だったらまだ寝てるよ。それに待ち合わせの時間は9時だったと思う。2時間前に人の家に上がり込むなんて何考えてるんだ。……そういえば、どこで勉強会するんだっけ? 図書館だったかな。後でモブ子に聞こう。
うがいをしていたら、家のチャイムが鳴った。水を吐き出して、パジャマ姿とぼさぼさの髪のまま玄関に向かい、扉を開ける。
玄関を開けるとそこにいたのは涼子だった。ゆるふわなストリートコーデ。いつもはキャップなんか被らないのに、今日は黒いキャップを被っている。……なんか、中学生のヤンキーみたい。
それはそうと、涼子は教材を入れるにはあまりにも大きいリュックを背負ってきた。まるで4日かけて高山に登ります! と宣言しているかのような容量。今回のテストは5科目しかないから、全部詰めてきたとしてもこんな量にはならない……12科目だとしてもおかしい。
あと、なんでこの子もこんな早くに来たのかな。
「まだ準備できてねえの?」
せっかちな彼女の第一声はこれだった。まるで私が遅いとでも言いたげ。
「準備も何も、今起きたんだけど」
「は? 集合7時半だって昨日話しただろ」舌打ちをされた。
「7時半!? そんな早かったの?」
「ちゃんと確認しただろ、モブ子がっ!」朝から高血圧だ。
「……待ち合わせ場所、どこだっけ」
「綾芽の家」
「なんで人の家で待ち合わせするのかな……?」
「なんでって、お前の家で勉強会するからだろ」
──モブ子が確認のためか何かを聞いてきたけど、あんまり聞かないで適当に頷いておいた。場所やら時間やらは大した問題じゃないし。
妄想の世界に浸っていたときに、モブ子がなんか凄い提案してたみたい。適当に頷かないでちゃんと考えるべきだった。私は心の中で舌打ちをした。
そして恐ろしいことに気付いて、玄関先だというのに思わず叫んでしまった。
「あーーーっ!! 待って。翔くんたちもすぐ来るってことだよね!? 何も準備してない……!」
急いで準備をしよう。かわいい服に着替えて、髪を整えて、その後部屋の片付け、あ、お化粧もしないと……!
私は即座に踵を返し、玄関を上がろうとした。
しかし、慌てていたせいで段差に躓いてしまう。上手い具合に脛が激突した。
「────ッッ!!!」
悶絶する。涼子が呆れ顔で私を見ている気がする。
痛みに耐え、なんとか立ち上がろうとしたその時だった。
「おはよーございます……綾芽さん、何やってんすか?」
渚くんの声が聞こえる。私は背中に嫌な汗をかいた。
彼が来ているということはつまり、翔くんも一緒に来ているということ。
パジャマ姿の私が玄関先で間抜けに転んでいる後ろ姿を見られているんだ、彼に。
「あぁ……あんまり見ないでやって」
涼子のフォローでもう再起不能になった。顔中を冷や汗が垂れる。
「よ、ようこそ。2人とも……」
私は無理矢理つくった笑顔で2人を迎え入れる。翔くんの顔を見ると、なんだか青白い顔をしていた。変な人だって思われたよね、絶対……。
翔くんは靴を脱ぐやいなや、申し訳なさそうに言った。
「すみません。お手洗い貸してもらえませんか」
トイレの場所を教えると、一目散に廊下を駆けて行った。トイレのドアを勢いよく開けて、バンッと閉める。渚くんが爆笑していた。
「翔のやつ、めっちゃ緊張してるんすよ。ついにあの先輩の家に行くんだーって」
翔くんもそんなに楽しみにしてくれていたなんて。照れちゃうじゃないか。
照れると同時に、私は部屋の惨状を思い出した。モブ子にさえ散らかってて汚いと言われたんだった。あの部屋を見られて幻滅されては全てがオシマイだ。
部屋に向かうべく、階段を急いで登る。涼子と渚くんも付いてきた。「渚くんは男子だから」と、部屋の前で待っているようにお願いする。空気の読める彼は敬礼をしてくれた。
部屋の扉を開けて、急いで片付けを始める。翔くんがトイレから出てくる前に。
「モブ子! 布団畳んでよ!」
ベッドの上で未だに雑誌を読んでくつろぐ彼女に命令する。
「涼子! ゴミ捨てて、服とか適当にタンスに突っ込んでおいて!」
「わ、分かったけど……ちゃんと掃除しとけっつーの」
私はそこら中に散らかっている雑誌やら本をまとめて、隠蔽を試みる。
『男子を確実に落とすマル秘テクニック101選』だとか官能小説だとかドエロいTL雑誌とかBL本とかを見られたら私は逃げ場がなくなってしまう。一通りまとめて、押し入れの中にぶち込む。山みたいに積みあがってるけど、開けなければ事故にはならないから、これでヨシ。
ひとまずは綺麗になった。綺麗に見えるだけだけど。
女の子の部屋は本気で綺麗な部屋と綺麗に見えるだけのハリボテ部屋の2つが存在するのだ。後者の場合は押し入れとか開けてみたら惨状が広がってるかもね。
部屋の片付けを終えてパジャマから着替える。家の中だったらラフなほうがいいかなと思って、今流行りのオーバーサイズなグレーのパーカーに、優しいカーキ色のワイドパンツを合わせた。モブ子に「似合ってますね」って言われたから変じゃないはず。着替えも終わり、なんとか髪も整えた。
「入っても大丈夫だよ」
扉を開けてそう伝えた。翔くんもいつの間にか来ていたようだ。
「失礼します」
2人はそう言いながら部屋に足を踏み入れた。渚くんは普通にしてたけど、翔くんがドキドキしてるのは誰の目から見ても明らかで、こっちが恥ずかしくなってくる。
「綾芽先輩、部屋綺麗ですね」
何も知らない翔くんが褒めてくれた。
渚くんは部屋の惨状を想像できてたはずなのに、彼には黙っておいてくれたみたい。とても粋な男の子だ。
粋な男の子だと思ってたんだけど。
「うわっ! 綾芽さん、スーファミ持ってるんすか!?」
渚くんがテレビに接続してあったゲーム機を発見して、歓喜の声を上げた。
「あ、それは涼子が置いてったやつで……」
「ソフトは何あるんすか?」
ソフトは押し入れの中だ。
いかがわしい本を大量に詰め込んだ、君の横にある押し入れの中だ。
「どこだったかなあ」ととぼける私。しかし。
「あー。ソフトだったら、確かさっき──」
モブ子がそう言いながら、押し入れの戸に手をかけた。
勢いよくそのパンドラボックスを開ける彼女。
雪崩のように落ちてくるいかがわしい本たち。渚くんがその本たちの下敷きになった。さっきの片付けのときに私が何をしていたのか、モブ子は覚えてないのかな。
「うわあ! だ、大丈夫!?」
モブ子が本をかき分けて、それをいたるところにぶん投げて彼を救出しようとする。私は彼の安否よりも、本が翔くんの手に渡ってしまうことを危惧した。モブ子がランダムに投げるピンク本をなんとかキャッチしようとする。
だけど、運動下手がここでも発揮されてしまい、掴み損ねてあらぬ方向へと飛んで行ってしまった。
そう、翔くんのいる方へ。
華麗にキャッチする翔くん。彼はピンク色の表紙を見て、硬直した。
「………じょ、女装男子を……手懐ける…………ぱ、パワハラ上司の……コンプラぎりぎりの……禁断の指づか──」
動揺しながらタイトルを読み上げないで。あとそれで顔を赤らめないで。
私はゆっくりと彼に近づき、本をやさしく奪い返した。
「み、見なかったことにしてください……」
楽しいはずだった勉強会はとにかく最悪なスタートを切った。
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