だ、だったらさ。私が勉強教えてあげるよ。

「えっと……これ、どういう状況すか?」


 土下座をする会長を見て硬直していたら。また突然扉が開いた。

 今度は誰が入ってくるんだろうと注意深く入口を見つめる。入ってきたのは翔くんと渚くんだった。そして、会長を見た渚くんが質問してきた。それは私が聞きたい。


 モブ子が会長が土下座している理由を説明してくれる。実に端的で正確。


「つまり、綾芽先輩が例のテスト問題の予言者……ってコト!?」


 説明を聞いて察したらしい翔くん。

 モブ子がしまった、という顔をした。

 ──翔くんの前では予知の話も寿命の話も一切しない、というあの約束を完全に失念していたようだ。

 私はモブ子を睨んだ。目で謝罪される。

 上手いこと切り抜けようと、私は適当な理由をでっち上げた。


「予言だなんてそんな大したことじゃないよ。真面目に授業受けてれば問題の予想くらいはできるからさ。それを教えてあげてるだけ」


 流石に無理があるかな。

 現に涼子が疑惑の目でこっちを見ている。ただ、涼子は私の予言を何故か全く信じてないからここでツッコミを入れる意味もない。安心だ。

 となれば問題になるのは、私の未来予知の力を知ってる上に空気の読めない会長。予想通り、会長は喋り始めた。


「なにを言ってますの。あなたは──」


「モブ子ッ!」

 私は叫んだ。モブ子が応じる。


 彼女は会長の傍に駆け寄り、突然腕をへし折った。気絶する会長。

 これで口封じが完了だ。傷害罪だとかそういうことは関係ない。


「どうしたモブ子ちゃん!?」


 渚くんが声を上げた。「気にしないで」とモブ子が笑顔で言う。どうしたって気にするだろうけどさ。突然クラスの女の子が生徒会長の腕を折ったらね。

 

 私は翔くんのほうを見る。

 彼は口に手を当てて、何かを考えていた。そして、手を口から離してため息をつく。


「うーん。授業を聞くだけで分かるレベルの予想ですか。テスト問題を事前に知られれば余裕だと思ったんですけど、そんな上手い話はないですよね。学年も違うし。──渚、戻ろう」


 残念そうな顔をして、帰ろうとする翔くん。

 翔くんがドアノブに手を掛ける。その彼の左腕を慌てて掴んだ。


「えっ!?」と目を大きく見開く翔くん。

 ……私、なんで腕を掴んでいるんだ。その場でしばらく硬直する。


「イチャイチャするなよ」と涼子にからかわれた。

 私は急いで手を離す。何か会話をしよう、そうしよう。


「……翔くんもやっぱりテストのことで悩んでるんだ?」


 私の問いかけに翔くんは頷いた。ただ目を合わせてくれない。私の行動に動揺してしまったみたいだ。


「だ、だったらさ。私が勉強教えてあげるよ。1年生の内容だったら分かるし」


「ホントですか!?」


 突然顔が明るくなる翔くん。嬉しそう。私も自然と笑顔になった。

 じゃあ明日──と、計画を立てようとした瞬間、涼子の言葉に遮られる。


「勝手にデートの約束してんじゃねえって」


 私は涼子のほうを見た。

 カフェオレを飲む彼女は、近くで伸びている会長を指差した。


会長コイツの赤点回避しないと、アタシたちの部活なくなるんだろ」


 すっかり忘れていた。

 翔くんと勉強会、いやデートができるかもしれない絶好のチャンスなのに。

 それを遮る障害の存在があったのだった。


 この憎き会長のテスト勉強なんかのためにデートは潰されたくない。

 とはいえ、翔くんとの一時のデートで部活を潰すわけにもいかない。

 友情か愛情か。究極の2択。


 少し真剣に悩んだけど、別にそこまで悩む必要もなかった。


「みんなで勉強すればいいんじゃないですか?」


 モブ子が珍しく妥当な提案をしてくれたからだ。

 私はこの子にグーサインを送った。モブ子がドヤッ、と威張る。


「そうと決まれば、明日の計画を立てましょう。まず場所は──」


 手際よく取りまとめを行うモブ子。なんだかんだ言って頼れる後輩だ。

 これで、廃部撤回のために動くこともできるし、翔くんと机を並べて勉強することもできる。時間配分的には1対9くらいにしよう。翔くんには私が手取り足取り、ふふ。ふふ。


 都合のいい妄想に浸る。

 モブ子が確認のためか何かを聞いてきたけど、あんまり聞かないで適当に頷いておいた。場所やら時間やらは大した問題じゃないし。



 ただこのとき、もっとの動きをよく注意しておくべきだったと、明日の私は後悔する。

 いつの間にか意識を取り戻していた会長が、今の話を聞いて更なる悪だくみを企てていることに気付いていれば……。

 

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