リストリクティッド・18グロテスクですわ!!

「誰ですの? あなたみたいな地味な女の子がいくら凄んだって1ミリも怖くありませんわよ」


 ライトアップで上から照らされる2人。

 なぜか今回は2人にハンドマイクが渡されて、煽り合いを繰り広げていた。

 会長もあの中指を立てる例のハンドサインをやり返す。


「どうせ、クラスの悪ノリで出場させられただけでしょう? 怪我しないうちに棄権を申し出るのがオススメですわ。まぐれで1回戦は勝ったとしても、この先はそうは問屋が卸しませんわ」


「私はあなたの心配をしてましたよ。涼子先輩と綾芽先輩に負けて、べそかいて泣いてるんじゃないかって」


 クールに言い返すモブ子。会長の額のあたりがピクピク動いている。効いているらしい。

 2人のやり取りで会場が徐々にヒートアップする。


「ふふ。あの2人が目障りだったんですの。研究会に入部したときもあの2人が指図しやがって……この私をですわ! 特に綾芽! あんな狭い部屋の中での支配者気取り。あの心意気が気に入りませんでしたの!! だから私はすぐに辞めてやったんですわ!!!」


 会場内の視線が観客席であるはずの私のあたりに集まる。

 だが、モブ子が再び注目をリング上に集約させた。


「あなただって同じでしょ? この小さい学校の中で生徒会長なんかやってボス面して……この小さい学校から抜け出せずにね!」


 舌戦を繰り広げる2人。

 どうやらモブ子の勝利だったようで、今の一言で会場中が一斉に湧いた。


「ふん……っ! ま、まあ、こんな言い争いを繰り広げても無意味ですわ。ルール通り……アームレスリングで勝負ですわ!!」


 1回戦と同じく、机に肘をついて構える会長。迫力に包まれている。

 だがしかし、モブ子の殺意の波動のほうが圧倒しているのは明らかだった。モブ子も構えて手を添えた途端、会長は一瞬手を離した。本能レベルで危険を察知している。……バトル漫画?


『構えてーーーーー!!』


 同様に、相手の手を握り込む2人。

 刹那、という不快な音が会場中に鳴り響いた。

 状況を飲み込めない会場のみんな。だが3秒後、被害者である会長が事態に気付き、絶叫した。



「ぎゃ、ぎゃぁぁぁぁぁあぁあああーーー!! 手が、手が折れてますのーーーー!? モ、モザイクが必要ですわ!!! リストリクティッド・18グロテスクですわ!! 自主規制ですわーーーーーーっ!!!!」


 会長のあり得ない方向に曲がった指と手。それを引っ込めようと腕に力を入れるが、モブ子がそれを許さなかった。更に力を強め、再び嫌な音が鳴る。本気で怒ったモブ子、こうなるのか……。


「ギャハハハハハハハ!!! あの苦痛に歪む顔が見たかったんだよっ!!!」


 隣で爆笑する涼子。こんな人間性0なサイコパスが私の親友である。

 そして理解した。

 このイベントは日ごろのヘイトが集まる人間を公開処刑する恐ろしい競技。

 だからこそ闇ビデオが流通するほどに人気が出ているのだと……。



「離しませんよ? なんてあり得ないですよね? 生徒会長たる者が……」


「の、望むところですわ! 腕の力でなんとか致しますの!!」


 モブ子の挑発に乗ってしまった会長。タフだなこの人も。


『レディィィ…………』


 い、いや。レディィィ……じゃないよ。

 息を呑むんじゃないよみんな。

 止めてあげようよ。

 私のせいで発展した悪ノリだとはいえ、流石にドン引きだよ。

 

『ファイ!!!!!』


 速攻で勝負を決めようとするモブ子。

 瞬殺だと会場中の誰もが考えた。



 しかし。



『こ、堪えています!! あと1センチほどといったところで、赤コーナー、会長さん!! 耐えています!! ギリギリ耐えています!!』


「こ、こんなどこの馬の骨かも知らねえ化けものみてぇなやつに……負けるわけにはいかねぇんですのぉ!!!」


 執念で押し返している!!!

 力なんて入らないはずなのに、一体どうやって!? 


「り、リングネームがモブ子ですってぇ……ッ? ぜぇ、ぜぇ……理解できませんわね。自らを名乗るだなんて……ッ。そんな志の低い女……人生の主役にもなろうともしないヤツ……私は認めませんわッ!!」


 腕の位置を真ん中に戻す会長。

 腕に力を入れ過ぎているせいか、どんどん血管が浮き出てくる……。


「モブ子は、モブ子っていう名前は……綾芽先輩がつけてくれたんですよ……ッ。そりゃあ最初は気に入りませんでしたよ……でもね、今じゃ、立派な私の誇りです……尊敬する先輩から貰った名前ですから……ッ!!」


 モブ子……。思わず溢れ出た涙を拭う。

 モブ子がまたリードする。会長は負傷しているはずなのに、なぜか実力は拮抗している。流石に顔に焦りが見える。


「詭弁ですわ……ッ! その尊敬する先輩とやらは、アナタをモブキャラだと決めつけて、格付けしたんですのよッ! お前はわたしの人生の彩りに過ぎないって決めつけられて、頭に来ませんの……ッ!? 私は嫌ですわ。そんな誰かの後ろに付いていくだけの人生!! 誰かに頭を下げ続ける、そんな人生!! だから私は成りますの。どんな敵もぶっ倒して、日本の支配者に! 私が世界の主役にッ!!」


 熱くなる会長。押し返すその腕。

 モブ子の顔も苦痛に歪み始めた。もう見てられない。

 私は群衆を飛び出し、リングの近くまで行って叫ぶ。

 

「モブ子ォ!! 止めてもいいよ! こんなのやったって意味ないよ!」


 私の声を聞いて、茫然とするモブ子。

 そのあと、モブ子は少し寂しそうな顔をしながら言った。


「もう、先輩の指示だけで動く私じゃないんですよ」


 そう言ったモブ子は、腕の力を強め──今日一番のスピードで戦況をひっくり返した。

 会長の手が勢いよく机に付く。モブ子の勝ちだ。


 だが、モブ子はまだなお力を入れ続け──机をと破壊した。


 破壊の勢いで会長がロープ辺りまで吹っ飛び、倒れる。失神したらしい。

 指も手も腕も、なんか凄い方向に曲がっている……。

 会場中が唖然とした。

 一人の観客が、ブラボー、と叫んだ。つられて会場中が拍手と歓声で包まれる。

 すべて、モブ子を称賛する声だ。


 モブ子はこのとき、間違いなく主役になったのだ。


 青くなった腕を痛そうに押さえながらリングを降り、私のところに駆け寄るモブ子。

 モブ子は笑った。


「先輩の敵、討ち取りました!」


 いつもの屈託のない笑顔で。


「い、いや、やり過ぎ……」リング上の無残な姿を見て言った。普通の高校生、あんなの見たらヒステリー起こすと思うんだけど。


「先輩の敵だからって頑張ったわけじゃないですよ。1回戦の相手もあんな感じに倒れました」


「そ、そう……」


 最終的に唖然としたのは私のほうだった。

 これあれか。

 涼子の試合直前に担架で運ばれた男子、あの人モブ子の犠牲者だったんだね。


「ふふ。でも、会長の言葉、一理あるなあっても思ったんですよ」


 リングを振り返って、モブ子は言う。

 ──お前は私の人生の彩りに過ぎないって決めつけられて──。

 私はモブ子の小さな後ろ姿から視線を逸らし、俯いた。

 そんなつもりじゃなかった。もっと軽い冗談のつもりだった。それがもしも、モブ子を傷つける原因になっていたのだとしたら。私はこの子に謝る義務がある。


「なんですかぁ、先輩。そんな深刻そうな顔して。伝えたいことは、先輩が考えてるようなものとは違いますからね?」


 モブ子は私を通り過ぎて、入場ゲートのほうに歩みを進めた。

 彼女は突然振り返り、言う。


「これからの先輩は……私のライバルですからッ!!」


 モブ子は無邪気な笑顔で告げ、足早に会場の外へと駆けていった。


「は、はぁ?」


 彼女の言葉の意味をぼんやりと考える私。

 そんな私を、生徒会長を載せた担架と保健委員が押しのけて、体育館から出ていった。

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