史上最強の喧嘩番長、相沢涼子
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球技大会1日目、時刻は午後4時を回っていた。
初日の最終種目はアームレスリング、もとい腕相撲。球技関係ないだなんて抗議は一切受け付ける気はないらしい。
アームレスリングは先ほどまでバスケの会場となっていた第一体育館、つまりは一番大きな体育館の中心にリングと机を設営して行われる。自由行動であるはずの観客たちもこの競技だけは観戦が強制されていて、全校生徒と教員が体育館に集結するのだ。
全クラスから男女を問わず代表選手を1名選出し、トーナメント形式で優勝クラスを決定する。わずか1時間で競技スケジュールの全てが終わる短期決戦だ。ちなみに優勝クラスの代表選手はマッスル・オブ・スクールとして卒業まで崇められる。
そして球技大会で唯一血と骨が見られる競技とあって、野蛮な生徒たちからの人気も毎年高く、噂によるとこの競技の一部始終を収めたビデオが裏で高額取引されているらしい。
……本当に腕相撲、だよね?
会長の煽りで号泣したせいで目の腫れが取れず、真っ赤に充血している私。我が2Bの代表選手たる相沢涼子が、私の頭をぽんと押さえて言った。
「
本当に頼もしいよ、涼子は。私はまたちょろっと涙を流した。
ちなみにセコンドは私。アームレスリングにセコンドは不要だと思うんだけど、雰囲気作りのために各クラス1人はいなければならないそうだ。
また、この競技は選手入場も本格的で、放送部の実況付き。そして各々が選んだテーマ曲に合わせてライトアップされながら入場する。ちなみに涼子はボン・ジョヴィのイッツマイライフをリクエストした。最高にロックである。
自分の入場前、涼子は会場入り口にデカデカと張ってあったトーナメント表を眺めながら何かを考えていた。2Bの初戦の対戦相手はまたしても3C。そして、今日一日だけで私たちを散々コケにしたあの会長が相手だ。涼子としても思うところがあるんだろうな。
君があの憎き女を殺ってくれるのを私は傍で見守っているよ。
「担架通ります。どいて!!」
前の試合の負傷者だろうか。腕が血まみれの男子生徒が体育館から運ばれてきた。まさに命のやり取りが体育館の中で行われているらしい。
「あら、準備万端ですわね。ですけれど、勝利は今回も私がいただきますわ。全校生徒の前で2人の泣き顔を大公開いたしますの! 公開処刑ですわ! 心臓をバクバクさせながら待ってるがよいですの!」
会長は登場するや、そう言い捨てて、セコンドの人と共に先に入場していった。入場曲はパイレーツ・オブ・カリビアンのあの曲だった。扉越しにでも沸き立つ歓声が聞こえる。私が戦うわけでもないのに、緊張で胸が締め付けられる。
しばらくして会場が静まり返る。どうやらあの人の入場は終わったらしい。
係の人が体育館の扉をゆっくりと開ける。なぜかスモークが炊かれていて、体育館の中が見えない。本格的だ。
涼子が選曲したイッツ・マイ・ライフが流れ始める。涼子を先頭に真っ白なスモークの中をくぐり抜ける。
『青コーナー! 2年C組、相沢ーーーーーーーーーーーーーッ!! 涼子ーーーーーーーーーーーーッ!!!』
格闘技特有の名前を極端に伸ばす実況。
スモークを抜けて姿を現した私たちは、ライトアップで照らされ、地響きかというほどの歓声が浴びせられる。私は思わず息を呑んだ。チラッと涼子の顔を見ると、まるで死んでいるんじゃないかというほどの無表情だった。殺意がマックスになったときの覚悟が決まった顔なのか、ただただ緊張しているのか、はたして。
そして、スモークをくぐり抜けた先には。
体育館の中心にリングがあって──そのリングの上に、私たちを見下すように。
ニヤニヤと笑う会長が仁王立ちで鎮座していた。
私たちはリングに向かって一歩一歩確実に足を進める。
その間も饒舌に煽る実況は続く。
『本校史上最強の喧嘩番長、相沢涼子!! 奇しくも本日のソフトボールでは、今回の対戦相手の
実況により観客のテンションは最高潮を迎える。どうやらスポーツ万能の生徒会長と最強の番長である涼子の戦いは今大会いちばんの注目カードだったらしい。
涼子はというと、その実況も、観客の声も全く気にする素振りを見せることなく、平然とリングに上がった。
こんなにうるさくて何も聞こえてないなんてことあるのかな。まさか緊張で頭が真っ白なんじゃあ……。
「来ましたわね。さあ、汗と汗のぶつかり合い。正々堂々と勝負しますの」
会長は机に肘をつき、どっしりと構えた。涼子も無表情のままそれに応じ、手を握り交わした。私はリングの下で彼女の様子を見守る。張り裂けそうな胸を手で押さえながら。私のために戦ってくれている涼子が、せめて無事に帰ってきてくれることを祈って。そして、できるならそこの泥棒猫を亡き者にしてくれることも期待して。
『構えてーーーーーーー!!』
実況の声で、会長は握る手の力を強める。涼子はまだ仕掛けるつもりはないようだ。
『レディ……』
場が静まり返る。みんな、台上の2人に注目している。
『ファイト!!!!!!』
絶叫の洪水が押し寄せる。歓声で鼓膜が破れそうだ。
どう、戦況はどうなの。
試合は、瞬きする瞬間よりも早くに終わった。
いまだに無表情の涼子。そして、不服そうな顔を浮かべる会長。
会場中が呆気にとられる。それは、私も例外ではなかった。
『しょ、勝者………3年C組!! 会長姫!!!!!!』
会場中にどよめきが起こる。なにが、何があったの。私はリングをよじ登った。
「……はなから勝つ気のない人間など、相手にするだけ無駄でしたわ」
眉間にしわを寄せて不機嫌そうな会長はそう言い捨てて、リングから降りて会場を後にした。
──はなから勝つ気がない? 涼子、いったいどうしたの……?
「殺ろうと思えば、すぐに殺れた──でも」
「でも?」
涼子は手をぶらぶら、痛みを和らげるように動かしながら言う。
「2回戦のアイツの相手、誰か分かる?」
涼子に聞かれる。私は首を横に振った。
君と会長の戦いにしか興味がなかったから他選手のことは何も調べてなかったよ。
「そっか」と涼子は呟き、リングから降りた。
その呟きのときのあくどい表情。
それが何を思ってのことだったのかは、20分後に知ることになる。
20分後。私と涼子は観客席に場所を移し、その戦いを見守っていた。
またお馴染みの入場曲と共に颯爽と登場する会長。
演出が私たちのヤツよりも煌びやかなのは、2回戦だからだろうか。
涼子のときと同じように、後から入場してくる選手を見下すために仁王立ちで待機する会長。1回戦よりも自信満々。
それも分からなくもない。あの人を倒せる人なんて、涼子以外にいないのだから。
だから私には理解できないでいた。何を思って涼子が、自ら棄権を申し出るような行為に及んだのかが。
当の本人の涼子を見る。彼女は腕組みをしながら入場ゲートに視線を向けていた。その目はどこかワクワクしているようにも感じられる。
入場曲。
あの親指を立てながら溶岩に沈んでいく映画のメインテーマが流れ始めた。あの重重しく迫力のある恐ろしい曲が、大音量で。会場がどよめきに包まれる。
扉が開くと同時に、入口あたりにスモークが噴射される。
いったい、どんなターミネーターが登場するっていうんだ────ッ!?
『青コーナー!! 1年A組!!! リングネーム────ッ!』
そう。
クライマックス感溢れる曲をバックに、スモークの中から姿を現したのは。
我らが超能力研究会の。
我らが超能力研究会、4人目の部員。
『モブ子ォォォォォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーッッッ!!!!』
彼女、そのものだ。会場中が絶叫する。
いつもの、先輩っ!と来てくれる可愛らしい顔はどこへ行ったのやら。
モブ子は殺意に満ちた顔でリング上の会長を睨みつける。
彼女の登場で魔王のような笑い声を上げた涼子を見て、全てを理解した。
涼子が入場前にトーナメント表を見て何かを考えていたのも。
入場中、ずっとやる気が無さそうに死んだ目をしていたのも。
全く力を入れずに一瞬で負けたのも。
すべてはモブ子に託すためだったのだ。
「先輩たちの
モブ子はリングに上がり、そう宣言した。
海外でやったら袋叩きにされる、例のハンドサインと共に──。
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