顔真っ赤にして涙目になってやがりますの!

 ゲームセット。無情にもそのコールは響き渡った。


「おーっほっほっほっ! 口ほどにもありませんでしたわ。0対13で5回コールドだなんて、無様ですわね」


 試合後、わざわざ私たちのベンチにまで会長は煽りに来た。

 メンバー全員でこのド畜生を睨む。


「幸先のいいスタートが切れましたわ。被安打0、失点0、四死球2でノーヒットノーラン達成ですわ!」


 死球の被害者は私だ。2回ともこの人、絶対わざと当てに来てたよ。

 ご満悦の表情を浮かべる会長が、俯いて悔しそうにしている涼子を見つけた。更に加虐心たっぷりなイタズラな目になった。


「それにしても涼子さんはお話になりませんでしたわ。あんな威勢よく挑発してきたというのに、まさかの空振り三振! しかも2打席連続で! アウトになった瞬間のあの呆気にとられたクソ間抜けな表情が忘れられませんわ!」


 とにかく煽って楽しそうな会長。涼子の顔を一目見ようとかがんで覗き込む。

 会長の望み通りの表情だったのか、より一層ニヤニヤしだした。


「ぷ。あはははははは! 顔真っ赤にして涙目になってやがりますの! いつものすかした顔とのギャップがたまりませんわ!! 目に焼き付けておきますの!!」


 涼子がプルプル震えている。

 言いたいことを全部いって満足したのだろうか、会長は自分のクラスへと帰っていった。

 ベンチ内に静寂が流れる。

 流れたかと思ったら。

 突然涼子がそばにあった金属バットを握り、会長に向かって走りだした!

 ま、まさか背後から脳天をぶち抜いて殺ってしまおうと!?


「涼子、落ち着いて! 落ち着いて! ねえ!!」


 数人がかりで押さえつける。涼子はまだ暴れていた。


「アイツ! 絶対許さねえ! ぶっ殺してやる!!」


 瞳に大粒の涙を溜めながら涼子が叫ぶ。

 ゲームに負けた小学生じゃないんだから……! 私も悔しいけどさ!


「ぶっ殺すのは今じゃない! ねえ!」


 涼子の目を見て、力強く説得する。

 次第に涼子の怒りも収まってきたらしい。涙を拭って、静かになった。


「試合の恨みは試合で晴らす、でしょ? 次に私たちと会長えながさんが当たる競技で、確実に勝とう、ね?」


「次って……アタシら出るのなんだっけ」


「私たちのクラスの第一試合は全部3Cだけど。私と涼子が出て、かつ会長さんも出る競技は1つだけ」


 そう、確実に2人で会長を倒すならこの競技しかない。


「今日の午後1時から。卓球ダブルスよ」



 綾芽先輩のソフトボールを見届けたあと、俺は自分のクラスのバスケの試合に来ていた。補欠だけど一応は選手として。


 前後半各10分。

 相手は運悪く3年のクラスで、滅多打ちにされていた。残り2分で17対37。

 この試合展開だと、人数合わせで登録されたような俺の出番はないだろうなあ。

 こういうところで切り札として出場し、大活躍して逆転のMVP選手になる──それで女子からモテモテに、という妄想をふとしてしまうけど、それがモテないやつの特性なんだろうな……。自分で勝手に考えて勝手に萎えてしまった。

 

 現実は非情なもので、順当な試合展開で順当に負けた。試合開始からフルで出た5人に労いの言葉をかける。


「翔ってあと出るのあったっけ?」ふとそう聞かれた。


「俺はこれだけだよ。あとの2日間は適当に観戦して過ごす」


「そっかあ。出してやりたかったけど、どうもね。相手が悪かった」



 自分の出番が終わり、渚との待ち合わせ先に向かう。

 待ち合わせ場所は第2体育館。バレーの競技会場だ。この時間は女子バレーの1回戦だったはず。どうせまた先輩の観察、もとい視姦しに来たんだろうなアイツ。


「バスケどうだった?」着いた途端、渚に聞かれた。


「普通に負けた。いまどことどこやってんの?」


「うちのクラスと1Bだよ」


「渚が同級生の競技見るなんて珍しいな」


「モブ子が出てるからね。あの子地味だから分からなかったけど、スパイクとサーブめちゃくちゃ上手いし強いんだよ。ほら、今ちょうどモブ子の番だから見てみ」


 渚にそう言われてコートの右端に注目を向けた。

 モブ子が前方に高めのトスを上げる。と同時に踏み出し、2歩目で重心を下げ、ジャンプの体勢をとった。そして高くジャンプし、ボールを捉えて強く打ち込む。

 重く、それでいて軽快な音が鳴り、その瞬間にボールがえぐいスピードと角度で相手コートに入った。


「これで連続5得点。バレー部かよ」と渚が笑いながら言った。


「あの子、力めちゃくちゃ強いからね」


 そう呟くと渚がキョトンとした顔で俺のほうを見た。

 そうか、コイツはモブ子の異常すぎる握力を知らないのか。彼女の名誉のためにここでは秘密にしておこう。


 あの力で殴られたり、握り潰されたら溜まったもんじゃないだろうな。

 力の強さに限っていえばアタシ以上だって、涼子さん言ってたしね……。



 結果的に、大差でうちのクラスが勝った。

 試合を終えたモブ子がこっちに小さくVサインを送る。こういうところを見るとちょっとかわいいなって思っちゃうよね。


「女子バレーの次の試合は明日か。確か、2Bと3Cの勝ったほうのどっちかと」

 プログラムを確認する渚。


「へえ。もしかしたら先輩たちのクラスと当たるんだ」


「2人ともバレーにはエントリーしてないから関係ないけどね。どっちかと言うと、3Cのが上がってきそうじゃね? あの生徒会長、バレーにもエントリーしてやがるしさ」


 1人2種目までとか、そういうルールがあった気がするんだけど……あれ?


「あ、午後から先輩たちと会長の再戦があるっぽいぜ。卓球ダブルスだって」


 卓球ダブルス?。

 綾芽先輩と涼子先輩で出るんだったら、コンビネーションも抜群だろうし勝ち目があるかも。あの会長めちゃくちゃイラつくし、ここはぜひ勝ってほしい。


「ちょうどその時間にバドミントンなんだよね。翔、モブ子ちゃんと応援してやれよな」


 言われなくてもそうするつもりだ。俺は力強く頷いた。



 昼ご飯を食べた後、モブ子と一緒に会場へ足を運ぶ。


「翔くんごめん、ちょっとトイレ行ってくるね」


 会場へ着くやいなや、モブ子はそう言って外へ出て行ってしまった。

 仕方がないから一人で会場をうろつく。至るところで卓球の激闘が繰り広げられていて、改めてこの学校の体育行事への力の入れ具合を思い知らされた。


 そして俺がを発見したのは、卓球の運営本部のあたりだった。


「あれ、あの人って……生徒会長?」


 朝イチで先輩たちとソフトボールの試合をして盛大に煽り散らかしていた、縦ロールが特徴的な髪型の人。まるでアニメの傲慢な悪役令嬢がそのまま現実世界に飛び出してきたかのような風貌の……。

 会長はなんだか寂しそうに、一人で佇んでいた。


 一人?

 この人が次に出るのって卓球のダブルスじゃないっけ。渚がそう言ってた気がするんだけど。


 あんまり長い時間その人を見つめていたせいだろうか。

 会長は俺からの視線に気付いたらしく、なんだか逃げがたい豪華絢爛なオーラを醸し出しながら早足でこっちに向かってきた。


「おーっほっほっほっ! どこの馬の骨かは存じ上げませんけれども、もしかしてお暇なのかしら?」


 さっきまでの寂しそうな顔はどこへ行ったのやら、あの煽るときの元気な顔に切り替わってる!


「い、いや。俺はただただ観戦に」


「スポーツは見るよりもやるほうがより一層楽しめますわ! どうかしら、わたくしと一緒に卓球に出場する気はなくて?」


 会長は俺の肩を抱いて囁いた。俺は腕を払いながら言う。


「距離が近いですって! 初対面の人同士が接する距離感じゃないですよ! ……大体あなたが出る競技って卓球ダブルスでしょ。ちゃんとペアいるじゃないですか!」


「あら。私の出場スケジュールまで把握してるなんて、もしかしてファンなのかしら? ファンサービスは大事ですわ。選手交代なんて私の権限でどうとでもなりますわ。私とペアを組んであの憎き『超研』の2人をぶっ倒して優勝しますの!」


 しまった、墓穴を掘ってしまった……!


「そうと決まればさっそく選手変更ですわ! 拒否権はありませんの!」


 会長に俺の腕を強引に掴まれ、運営本部まで連れていかれた。

 そして謎の書類を書かされ、出場が決定してしまった。

 に、逃げられない……っ!


「さあ、3年C組会長えなが・秋葉ペア伝説の始まりですわ!」


 本当になんなんだ、この人……!

 

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