涼子、予告ホームランならぬ予告殺害。

「バスケ、バレー、卓球、バドミントン、ソフトボール……アームレスリングもあるんだ」


 球技大会当日。俺と渚とモブ子の3人は大会プログラムを読んでいた。


「アームレスリングは球技じゃないだろ」と渚がツッコミを入れる。

 この学校どっかおかしいから気にしても仕方ないよ。


「うーん。綾芽先輩たち、大丈夫かなあ」


 モブ子は何かを心配していた。

 俺は何を心配しているのかを聞く。


「なんかね、私たちの部活が廃部になっちゃうかもって。それで廃部を撤回させるために、生徒会長に喧嘩売っちゃって。だからほら、見て」


 モブ子がプログラムを手に取って、バスケのトーナメント表のページを開いた。そして、2年B組を指差す。2年B組は綾芽先輩と涼子先輩のクラスだ。


「先輩たちのクラスのバスケ、1回戦の相手が3年C組なの。それで、バレーのほうを見るとさ」


 バレーも1回戦の相手は3年C組。卓球も、バドミントンも、ソフトボールも相手は3年C組だった。こんなに同じクラスが当たることある?


「3年C組ってね、その生徒会長がいるクラスなんだ。つまり徹底的に綾芽先輩を潰しに来てるの。このトーナメント表、クジ引き無視して会長が自分勝手に作ったとしか思えないんだよね」


「めちゃくちゃじゃねえか」


 渚が言う。

 ふとアームレスリングのページを見ると、うちのクラスの代表選手はモブ子だった。言っちゃ悪いけど納得の采配だ。ちなみに2年B組は涼子先輩……この2人の対決は見てみたい。


「あれ、渚は何出るの?」

 聞いてみた。


「俺? 俺はバドミントンだよ、男女混合バドミントン。お前は?」


「バスケ、の補欠」


 球技は苦手なんだよ。


「ふーん。ま、こういう学校行事の1年は3年生の噛ませ犬だからなあ。自分の競技より、お姉さん観察するほうが大切だよ」


「お姉さんの観察はよくわからないけど」


 渚はタイムスケジュールを見た。

 どうやら一番最初に綾芽先輩のクラスと生徒会長のクラスのソフトボールがあるらしい。

 観に行こうぜ、と渚に誘われ、俺とモブ子はすぐに頷いた。



 豪快なオーバースローのピッチング。150キロは出てるであろう剛速球。

 1回表という最序盤。生徒会長、会長えながぷりんせすは高校球児顔負けな圧倒的な実力を持って球場を支配していた。……学校のグラウンドだけど。


 先頭打者と二番打者はどちらも空振り三振。ツーアウトランナーなし。


「ソフトボールって上手投げ禁止じゃないの? あと球がすごく小さいんだけど」


 二番打者の子が涙目で訴えてきた。小さい球というのは普通の野球の試合で使う硬球のことを言いたいのだろう。本来ソフトボール用はもう少し大きい。

 会長は明らかなルール違反をしているが、審判を買収しているらしい。運営側が何かを言おうという素振りは見えない。


『3番、九條綾芽さん』


 放送部のアナウンスが聞こえる。私はバッターボックスに立った。


「スポーツでわたくしに挑もうだなんて100年早いですの。スポーツは貴族のたしなみ。小さい頃からありとあらゆる競技の英才教育は済ませてありますわ」


 私の打席になった途端、会長はマウンド上で高笑いした。

 ちょっとムカつくなあ。私は挑発する。


「そんなこと言ってられるのも今のうちですよ」私はバットを構えた。


「あらあら。ずいぶんと生意気な口を叩くようになったものですわ……ねッ!」


 会長の投球。球をよく見て──打つ!

 だが、私のスイングよりも先に、会長が放った球はキャッチャーミットに到達していた。早い、早すぎる。私は冷や汗をかいた。

 ストライク、審判のコールが響き渡る。


『手元の計測器によると……先ほどの1球、157キロを記録しています』


「化け物かよ、アイツ」


 ネクストバッターサイクルで待機している涼子が苦い顔をしながら呟いた。

 悔しいが実力は本物らしい。本物というか、現実を逸脱しているというか。


「おーっほっほっほっ! あなたみたいな運動音痴に私の球が捉えられるわけがありませんわ! ねえ、綾芽さん? そもそもあなたが上位打線にいるのがおかしいのですわ! せいぜい8番辺りで無様に空振りする姿がお似合いですわ! 全員超前進守備でいきますわよ。まぐれで当たったってどうせボテボテのゴロですわ」


 とにかく煽る会長。会長の指示で守備の全員が定位置よりも前進した。舐められてるぞ、観客のヤジが飛び交う。

 できる限り平常心を保つように心掛けながら再び構える。

 

「死ぬがいいですわ!」


 会長の剛速球が向かってくる。

 頑張っても球とか見えないし、適当に振ってしまえ──あ。


 腰のあたりに衝撃と激痛が走る。勢いでバットから手が離れ、倒れ込む。デッドボールだ。


「っ痛……」私は球が直撃した背中あたりを押さえた。


「大丈夫か、綾芽!!」


 涼子をはじめ、クラスのみんなが集まってくる。

 痛いけどそんなみんな心配するほどじゃないよ。大丈夫だから、と笑いながら立ち上がる。


「大丈夫って、無理すんじゃねえぞ。球速が球速だから……」


 気にしないで、涼子。私は歩いて一塁へと進んだ。


「おーっほっほっほっ! ついつい手が滑ってしまいましたわ。完全試合の夢は潰えましたけど、まだノーヒットノーランは狙えますわね」


 マウンド上の会長が高々に笑う。バッターボックスに立つ涼子が睨んだ。


「てめえ! わざとやりやがったな!?」と涼子が叫ぶ。


「あんなの避けられないほうが悪いんですわ! そう思わない? 涼子さん?」


 涼子が手に持つバッドを地面に叩きつけた。めちゃくちゃ怒ってる。迫力あるなあ。

 私のために怒ってるんだろうけど、別に大丈夫なんだよね。頑丈だし。


 落ち着きを取り戻した涼子はバッドを片手で持ち、センタースタンドのほうを指し示した。


『な、なんと4番相沢あいざわ涼子さん、予告ホームラン!!』

 

 実況席が盛り上がっている。 


「あらあら、ずいぶんと威勢がよろしいですわね。そういうのをイキりっていいますの。いざ失敗したとき恥ずかしいですわよ? 撤回をオススメ致しますわ」


「は? ホームランなんて狙わねえよ」


 いや君のポーズは世間一般的にはホームランを狙うと宣言したようなものだぞ。


「狙うのはお前のそのムカツク顔面だよ!! ピッチャー返しでぶっ殺してやる!」


 涼子、予告ホームランならぬ予告殺害。

 ソフトボールってそういう競技じゃないんだけどね。



「な、なんか凄いことになってる」


 モブ子が心配そうな目で見つめている。

 グラウンドにたどり着いたとき、既に甲子園決勝かというレベルで盛り上がっていた。涼子さんのキレようは平常運転だけど、あの張り合っているお嬢様っぽくて胸の大きい人が生徒会長なのだろうか? 確かに渚の言う通りグレートだ。


「凄ぇけどさ、これって第一試合のしかも一回表だろ。球技大会もまだまだ長いってのに、2人とも飛ばすねえ……」


 渚は呆れていた。

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