そして俺らは遭難した。

 俯き続ける私を見てモブ子がため息をついた。

「……あの、少し思ったんですけど」

 

「なに? モブ子」


「綾芽先輩って未来予知できるわけじゃないですか。だったら、いちいち驚いたり照れたりするのはおかしいんじゃないですか?」


「分かってないわね、モブ子」


 そう。

 私の未来予知にだって欠点がある。

 それは未来の「結果」だけしか分からないということ。

 「結果」が分かっても「過程」や「原因」を知ることはできないのだ。

 だから、「私と翔くんは恋仲になる」ことは知れるのだけど、どっちが告白するとかどういう風に出会うとか好きになるとかはこの力ではどうすることもできない。


「微妙に使い心地が悪いですね、その力」


 モブ子が愚痴をこぼす。

 なんかこの子最近、私への当たりが強い気がするけど気のせいかな。


「あ、それともう1つ聞きたいことがあって」


 そろそろ照れが治まってきた私は顔を上げた。


「先輩この前、未来予知のことだと思うんですけど……占い師はモブ子だーって、翔くんに仄めかしたじゃないですか? どうしてあんなこと言ったんですか?」


「……考えてみて。ほぼほぼ初対面の異性にさ、私は未来予知ができます! なんて言われたときの心境を。あ、この人痛い人だ、って思われるに決まってるでしょ」


「って待ってくださいよ。それってつまり、痛い人だって思われる役割を私に擦り付けたってことですよね!?」


「うるさいなあ。私はね、まともな恋愛がしたいの。未来予知とかそういうの抜きに! だから翔くんの前では、寿。そのためにモブ子に役割を譲ったの。やってくれるよね?」


「まあ、先輩の頼みなら。──先輩、翔くんにもう惚れたんですか?」


「……まさか。不意に褒められて照れちゃっただけで、好きとはちょっと違うんじゃないかな」


 とはいえ、思い出すと少しドキドキしてしまう自分がいた。

 もう少し時間が経ってから戻ろう。

 穏やかで広大な海を見て、あとちょっとだけ心を休めよう……。

 体育座りで、ぼんやりと波を眺める。


「先輩、私は戻ってますからねー?」



 嫌われた。嫌われてしまった。

 俺みたいな低身長のゴミみたいな陰キャラが調子に乗って「かわいい」なんて言ってしまったばっかりに。先輩がショックでどこかに行ってしまった……。

 

「い、いや。逃げた理由は翔が思ってる感じじゃないと思うぜ?」


 心優しい渚が慰めてくれる。お前はいつも優しいよな。

 玉砕覚悟で告白したヤツに対してもそうやって振舞ってメンタルケアしてやってるもんな。だからお前は男女の壁を越えて人気者なんだよ。


「ほら。先輩が買ってきてくれたかき氷食えよ。俺の分も食え」


 そう言って渚は練乳たっぷりのかき氷を手渡してくれた。

 暑さで氷がほとんど溶けている。

 容器の中に入っているのは、もはやいちごシロップと練乳が混ざったただのゲロ甘砂糖水だ。

 お前、優しさじゃなくてただただ飲みたくないから渡しやがったな。


 ちょびちょびと死んだ目でその水を飲む俺。

 気まずくて耐えきれなかったらしい渚は口を開いた。


「サーファーの姉ちゃんナンパしてくるよ」


 彼もまたどこかへ行ってしまった。


 ビーチパラソルの下に、俺と涼子先輩が取り残される。

 早いのか遅いのかよく分からない時間が流れた。

 

「おい翔。お前に聞きたいことあるんだけど」


 涼子先輩がこっちを見て言った。


「お前、おかしいと思わないのか?」


「おかしいって、何がですか……」


 まさかとは思うが、さっきの俺の失態を馬鹿にする気じゃないだろうな……。


「全部だよ。ここ最近のこと。特に綾芽に関係する、全部」


「言ってる意味がよく分かりません」


 涼子先輩はため息をついた。

 俺は飲むのを諦めた砂糖水を、涼子先輩はグビグビと飲む。


、トラックに撥ねられて無事で済むと思うか?」


 俺が初めて綾芽先輩を見た、あの日の事故の話をしているのか。

 確かに、翌日には普通に回復していたしおかしいとは思っていた。

 俺は頷く。


「あとこれはアタシが悪いけど……昨日運悪く私のフルスイングが綾芽に直撃しちまって……でも、アイツは無事だったんだ。そんなの、普通に考えておかしいと思うだろ」


 おかしい。おかしいけど。

 どっちも綾芽先輩だから。で片付けられる問題じゃないのか?


「モブ子のことだってそうだ。あんな普通の女子がバカみたいな腕力なわけがないんだ。それに、お前の友達の渚だって。あんまりにもじゃないか」


 何言ってるんだ、この人。

 モブ子の力の強さがフィクションの領域だって言いたいのは分かるけど。

 でも渚がどうしたっていうんだ? ただのおちゃらけた普通の高校生だ。

 むしろ、マトモじゃないのは涼子先輩、あんた自身だろ?


「都合が良すぎるって、何に対してですか?」と俺は聞く。


「全部が強引だ。まるで、何か1つのゴールに向かうために陰で糸を引かれてるような……」


 俺は首を傾げた。

 涼子先輩、ヤンキーっぽく見えて実は中二病?


「陰で糸を引く”何か”があるとしても、その目的はなんだって話ですよ」


 陰謀論とか、そういうの好きなのかな……。

 手に持っていた砂糖水の水面を眺めながら質問した。

 涼子先輩が質問に答えようと口を開いた瞬間のことだった。


「2人でなに話してるんですか?」


「うわっ!」


 後ろから声を掛けられてビックリした。

 振り向くと、そこに立っていたのはモブ子だった。


「モブ子。大切な話の途中だから、向こう行ってろ」


 涼子先輩は睨んだ。

 この人がモブ子にそういう顔するのは初めて見た。

 見境なくケンカ腰なわけではなかったから。涼子先輩も。


「大切な話……告白?」


「違う!!」


 俺は叫んだ。

 なんで俺は毎度毎度そういう勘違いをされるんだ!?


「違うんだったら別にいいや。綾芽先輩、かき氷食べてお腹痛くしちゃったみたいなんですよ。治まったのでもう少ししたら来ると思いますけど」


 モブ子はそう言った。


 ただの腹痛だとしたら、俺の「かわいい」は逃げたのとは無関係?

 俺は安堵のため息をついた。


「……それで、何の話をしてたんですか?」


「モブ子には関係ない」


 涼子先輩は立ち上がり、ぶっきらぼうに言った。

 何も、そんな怒った風に伝える必要はないじゃないか。

 ムッとしていたら、先輩までどこかへ消えてしまった。



「ごめんごめん。ちょっとお腹冷えちゃってたみたい」


 入れ違いで綾芽先輩が来た。

 さっき逃げたときとは違って、昨日見た無邪気な笑顔の先輩だった。


「涼子の糖分愛が異常でさ。あの甘さのヤツ食べたら身体おかしくなっちゃう」


「分かりますソレ。いくら何でもやり過ぎですよ」


 モブ子が同調した。

 あの甘さに違和感を覚えたのは俺だけではなかった。よかった。


「あれ。涼子と渚くんはどこ行ったの?」


「渚はナンパしに行きました。……涼子先輩はよく分かりません」


 本当によくわからない。

 突然変なこと聞いてきて、唐突に怒って消えたからさ。


「ふーん……」と神妙な顔で向こうを見つめる綾芽先輩。


「ま、そのうち帰ってくるでしょ。さ、せっかくの海なんだから泳ごうよ」


 先輩は海に向かって指差した。


「え、先輩泳げるんですか!? 涼子先輩言ってましたよ、アイツは水に浮かないカナヅチだって……」


 モブ子は言う。

 評価基準が小学校低学年なんだよなソレ。

 せめて25メートル足着かないで泳げるかどうかとかで判断してあげてくれよ涼子先輩。


「失礼な。いい? モブ子。プール授業と海は全く違うから。それに文明の利器だってあるしね」


「文明の利器?」俺は聞いた。


 先輩はリュックを漁り、しぼんだ浮き輪と小型の空気入れを取り出した。

 浮き輪が文明の利器なのか……。俺は苦笑いした。


「これがあれば人は絶対に水に浮く。つまり溺れない。だから泳げる」


 自信満々にいう綾芽先輩。

 先輩がせっせと空気を入れている姿に、モブ子が冷ややかな視線を送っていた。


 待つこと5分。

 浮き輪を装着した先輩の心が躍っているのは誰の目から見ても明らかだった。


「さ、入ろう! 海に!!」


 先輩は駆け足で砂浜を進み、水に飛び込んだ。

 はしゃぐ姿がかわいい。


 続いて俺も海に入る。

 水が冷たくて気持ちいい! 先輩がはしゃぐ気持ちもわかるな~、これ。


「うひゃあ。久しぶりに入りましたけど、いいですね。遠くまで泳ごうかな」


 モブ子は言った。


「遠くまで泳ぐの? モブ子、競争しよっか」


 浮き輪でぷかぷか浮かんでいる先輩がそんなことを言い出した。

 競争に浮き輪ってどうなの? そんなツッコミは野暮だろうか。


「いいですよ。じゃあ、ゴールはどこにしようかな……」


 モブ子は海をキョロキョロと見渡した。目標物を探しているんだろう。

 それを見つけたらしいモブ子が、指を指して言う。


「向こうに見える、あの細長い岩にしましょう。ま、私水泳は結構得意なんですよ。自信あります」


「ふふ。その自信へし折ってあげる」


 ぷかぷか、ぷかぷか。波に揺れる先輩の言葉は説得力がない。


「翔くんは先輩の後ろに付いてガイドしてあげてね。たぶん先輩、真っ直ぐ泳げないから」


 俺は頷いた。

 先輩トコトン舐められてるなって感じだけど、実際心配になるから仕方がない。 


「じゃあ行きますね! 先輩!」


 モブ子は華麗なクロールで進んでいった。猛スピードで。一瞬で小さくなった。

 腕力だけじゃなくて泳力もあるのね君。


 先輩はというと浮き輪による抵抗を全力で感じながら、バタバタ足を動かして辛うじて進んでいた。

 これでよく勝負挑もうと思ったな、本当に。


「頑張ってください、綾芽先輩。負けちゃいますよ」


 一応のエールを送る。


「分かってる。勝つよ、勝つから……」


 あー。

 それにしても。

 先輩の水着姿、綺麗だし、かわいいな。

 頑張る綾芽先輩。

 必死な後ろ姿に見惚れる。


 見惚れていたせいで。


 モブ子と綾芽先輩が勝負をしていたこととか。

 綾芽先輩がゴールにたどり着けるようにガイドしなくちゃならないこととか。

 そういうことを全部忘れた。



 そして俺らは遭難した。

 

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