今どき居ませんよそんなチョロイン!

「応援してるぜ、翔と涼子先輩の恋愛っ!」


「違う!!」


 とてつもなく大切なことを誤解している渚。

 俺は必死になって誤解を解こうと試みる。

 しかし、渚はあまり納得してくれなかった。

 

 それもそうだ。

 「涼子先輩は昨日俺のことを殺しにきた。そんな人を好きにならない」と説明したって、その現場にいなかった渚がはいそうですかと信じるわけがないのだ。

 それに渚にとって涼子先輩は、ちょっと目つきが悪いヤンキーの印象しかないんだろう。もしくは、姉御肌の先輩か。……コイツの眼は随分とお姉さんバイアスがかかるからなあ。


「──ってことは、お前が好きなのは綾芽先輩なのか? あのショートボブのほうなのか?」


 好きか……と聞かれれば、少し語弊がある気がする。

 今の段階では好きとまでは行かないけど、かといって気になっていないと言ったら嘘になる。

 しばらく沈黙していると、渚が大きなため息をついた。


「自分の意見をハッキリ言わねえ男は嫌われるぞ?」


「かわいいなあっては思うけど、まだ好きだとは……」


「はーあ。ま、もういっこアドバイスをするとだなあ。恋愛は自分から動かないと始まらねえんだぜ」


 渚は俺の肩をやさしく叩いた。

 自分から動け──か。モブ子が、なぜか神妙な顔でこっちを見ていた。



 更衣室にて。

 制服のボタンを外しているとき、涼子にじっと見つめられているのに気付いた。


「涼子、そんなに私の裸を楽しみにしなくても……」


 私は冗談っぽく、脱ぎ掛けのワイシャツで身体を隠し、恥ずかしがっている振りをした。


「興味あるわけねえだろ……。ただ、お前が着ているのって学校の夏服じゃん。今日は休日なのになんでそれで海来たんだって思って」


「ああ、服のこと? それはね、たぶん今回が人生最後の海だからだよ。夢だったんだよね。高校の制服着て、海岸沿いの道路を歩くのがさ」


「……それって、また綾芽お得意の”未来予知”の話か?」


 私はゆっくり、コクリと頷いた。

 本人が自覚しているかは分からないが、最近の涼子は未来予知の話をすると露骨に悲しそうな顔をする。涼子は友達想いなのだ。親友がそう思ってくれることは、やはり素直に嬉しい。


「……前から言ってるけど、私はその予知の話はまっっったく信じてない」


 全く、の部分をかなり強調している。

 本当のことなんだけどなあ。うーん。


「ただ、それが本当だったらって話だけど。お前と翔は付き合うんだろ。でも──」


「でも?」私は聞き返した。


「2人が話してるところ、全然見たことないんだけど」


 たしかに。

 実際のところ、私もつくづく感じていた。

 翔くん、モブ子や涼子だけで、私とほとんど話してくれないなあって……。

 

 だけど、それもまだ想定の範囲内。


「翔くん、まだ緊張してて話しかけてくれないだけ。今日一緒に遊べば、仲良くなれるから」


「よくもまあ、そこまで自信満々に言えるよ」


 話しているうちに着替えが終わった。

 ロッカーの鍵を閉めて屋外へ出る。

 

 外へ出た瞬間、視界にかき氷屋が入り、思わず足を止めた。


「ねえ涼子。3人にかき氷買ってから戻らない?」


 涼子は二つ返事で頷いた。

 さっそく、店主に「いちごミルク5つ」とお願いする。

 

 かき氷を手渡して、さり気なく翔くんと会話しよう。

 単純に私もいちごミルクのかき氷が食べたいのだけれども。

 氷を砕くガリガリという音を聞きながら、ぼんやりとそんなことを考えていた。


「あ、ミルクってプラス50円ですよね?」


 涼子が店主に聞く。店主は頷いた。


「400円払うんで、今の量の8倍お願いします」


 君は海に来てもなお糖分のことしか頭にないらしいな。




「ほら、かき氷買ってきた」

 3人のところへ戻る。

 涼子が練乳が大量にかかったかき氷を渚くんに渡している。


「ありがとーございます。……めちゃくちゃ甘そうなかき氷っすね」


 少し困惑しながら渚くんは礼を言った。

 せいぜい涼子の壊滅的な味覚の餌食になるとよい。


「それにしても、先輩の水着姿いつもと違って清楚系でいい感じっすね」


 渚くんはさり気なく、涼子の水着姿を褒めた。

 彼女の水着はというと、モノトーンのスカート付きフリルワンピース。

 涼子は少し照れながら、小さな声で「ありがと」と伝えていた。


 あー、いいなあ。私も言われてみたいなあ。

 そんなことを考えながら、モブ子と翔くんにかき氷を手渡した。


「この練乳の量バカみたいですね」


 モブ子は水着の感想を言うわけでもなく、かき氷を受け取るや否やぼやいた。

 そのクレームは隣でかわいく照れてる甘党に伝えてやってほしい。


「…………」


 翔くんは何か言いたげな表情でこっちを見つめていた。

 私が目を合わせようとしても、慌てた様子で目を逸らされる。


「翔くん、どうしたの?」と私は聞く。


「えっと……その」


 彼は口を開くんだか開かないんだか微妙な感じで、顔の筋肉をせわしなく動かしていた。


「……先輩、かわいいなって」



 え。

 いま、なんて。

 なんて、というか「かわいい」って言ってくれた……よね?



 モブ子が口を開いた。

「翔くんも見る目あるね。オフショルとショーパンの大人かわいい先輩の水着姿の魅力に気が付くとは……って先輩!? え!? 顔真っ赤ですけど大丈夫ですかっ!?」


 なんだか顔が暑いなって思ったけど、そんなすぐ分かるレベルで赤い!?


「わ、わーっ! わーーっ!! わーーーっ!!!」


 いてもたってもいられなくなった私はモブ子の腕を引っ張り。

 叫びながら逃げるように。

 そう、逃げるように人気のない場所へと向かったのだった。



 岩場にたどり着いた。ここなら心を落ち着かせることができる。

「先輩。あの、まさかとは思うんですけど」


 すーはーすーはーと呼吸を整える私を見ながら、モブ子がごくりと息を呑む。


「先輩、かわいいって言われただけでそんなに照れてるんですか……?」


「わ、悪い!? だって、と、唐突だったから……っ!」


「チョロ過ぎますよ綾芽先輩! 今どき居ませんよそんなチョロイン! 恋愛経験無さ過ぎですよ!」


「誰がチョロインよ誰が! モブ子みたいに海にまでスク水着てくるような、感性が小学生で止まってる女の子には分からないの! あとモブ子こそ恋愛経験なんて無いでしょ!?」


 顔がまだ暑い私は、モブ子の肩をがっちりと掴んで捲し立てる。


「え、先輩知らないんですか。地味目で大人しくて清楚な女の子って割とモテるんですよ。いい人いないから断ってるだけで、告白の経験なら先輩よりありますよ」


 そうなの?

 すごい自己肯定感高いな、この子……。別にいいけど……。

 とにかく、今の話で少しだけ落ち着きを取り戻せた気がする。気休め程度には。


「いちいちあんな大きく反応してたら会話できませんって。慣れていかないと……」


「無理」

 思い出しただけで照れてしまうから。

 少なくとも今日中は無理。


「無理って、んなアホな。いつもの自信たっぷりで自分のペースで突き進む綾芽先輩はどこに行ったんですかあ。冷静になってくださいよお」


 冷静に、冷静にね……。

 しばらくは無理そう。私は呟いた。

 モブ子に顔色を見られないように、うずくまって俯いた。しばらくそうしていた。

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