当たり前だ、海だぞ海。しかもお姉さんと!!

 涼子先輩に殺されかけた翌日。

 昔の名作映画に出てくるような、ガタンゴトンという音を発しながら、ゆっくりと進む電車。俺と渚、そして「超能力研究会」の3人は心地よく揺られながら海へと向かっていた。


「そろそろ海見えるかな」


「グーグルマップによるとあと10分位で見えるっぽいっすよ、姉さん!」


 窓の外を頻りに眺めてはしゃぐ、制服姿の先輩と──渚。

 2人の様子を見て、涼子先輩は深いため息をついた。


「おい翔。あの渚とかいうアロハシャツの浮かれたクソガキ、なんで付いてきたんだよ」

 先輩は俺に聞いてきた。


「それは──」



 それは数時間前のこと。

 いつも通り、部活のために学校に向かっていた俺と渚。

 俺たちの前に、突然モブ子が現れて言った。


「翔くん。……海行く約束したのに、なんで部活着なの?」


「え、いや、海断ったじゃん……。てか昨日計画立てて今日行くの、行動力ヤバすぎじゃない?」


 話を理解できていない渚が動揺しながら口を開く。


「お、お前、クラスの女子と海に行くのか? そういえば昨日の朝、その子の腕引っ張ってどっか行ったもんな……お前ら、そういう関係だったのか……」


「「違う!!」」モブ子と俺は叫んだ。


「翔くん私のことモブ子って呼ぶんだよ。そんな人のこと好きになる!?」


「モブ子……上手いこと考えたなあ翔」


 渚は感心していた。

 これからは俺もモブ子と呼ぼう。ぶつぶつと呟き、モブ子にショックを与えていた。


「翔、女の子に恥かかせるのはよくねえぞ。モブ子ちゃんと、2人で仲良くやって来いよな。先生には夏風邪だって伝えとく」


 気を利かせたらしい渚はそう言い残し、俺を置いて立ち去ろうとした。

 だが。


「だから違うの!! 翔くんのこと呼んだの、私じゃなくて先輩なの!!」


 モブ子の叫びを聞いて、渚の足はピクリと止まってしまった。


「先輩……それはもしや、……か?」


「涼子先輩と綾芽先輩だから……お姉さん、かな?」


 渚はニヤリと笑みを浮かべた。

 俺はこのとき思い出した。

 コイツが真の年上のお姉さん好きだってことを。

 誰とでもフランクに話せるその明るい性格。それでいて人の気持ちに敏感で、いざというときは適切な配慮ができる気配り上手。そのおかげで、後輩や同級生からはモテモテで告白も数え切れないほどされているのに、渚は全て断っていた。

 それはなぜか。

 渚は年上にしか興味がないから。

 彼曰く、俺の視界にはお姉さんしか映らない。……知らんがな。


 とにかく、そんな渚だから、先輩たちがいると聞いて途端にウキウキし始めた。


「おい翔。今から海行くぞ」


「行くぞって……え、お前も付いてくるの?」


「当たり前だ、海だぞ海。しかもお姉さんと!! こんなチャンスは二度とないぞ。お前みたいなモテないヤツには特にな! 俺は行くぜ、モブ子ちゃん!」


 興奮した渚は半ば俺の悪口を吐きながら、海行きを快諾した。

 いや、お前は誘われてないだろ──、そのツッコミの暇すら与えず、彼は「駅集合な」とだけ言い残して、どこかへ走り去ってしまった。行動が早すぎる。


「えっとお……翔くんも来るよね? 流石に渚くんだけだとちょっと……」


 当たり前だ。俺は頷いた。

 なんで部外者の渚が女の先輩と海で泳いで、誘われた本人が男の先輩と陸で走り込みしなければならないんだ。そんな人生、あまりにも理不尽すぎるだろう。



「──って感じで、渚が行きたいっていうから。それに俺も付いてきたわけです」

 事の顛末を涼子先輩に話した。先輩はため息をついた。


「つまりアイツはただのスケベ野郎ってわけか。そうと決まったら、ぶっ殺すしかねえな」


 涼子先輩が指の骨をポキポキと鳴らした。

 この人の思考回路、どうなってるんだ。野蛮すぎる。


「手を出して来たらぶっ殺してもいいと思います。──それにしても、海に行くのは涼子先輩が一番に拒絶してたじゃないですか。アンタこそなんで来る気になったんですか?」


「朝起きたらな、なぜか部屋にモブ子がいて……アタシの腕をぐいぐい引っ張るわけ。お前もモブ子の力の強さ知ってんだろ?」


 はい、と頷いた。

 あの子の力強さはゴリラ、いやそれ以上だ。

 金属バッドをへし折るとかそういう次元じゃない。圧縮するのはおかしい。


「単純な腕力だったらアタシより強いしな。キレたら何するか分かんないし、来るしかないだろ。生きるためには、な」


 話の話題のモブ子はというと、はしゃぐ綾芽先輩に見惚れているのか、顔を赤らめながらずっと先輩を見つめていた。

 分からなくもないよ。笑ったときの綾芽先輩、かわいいしさ。

 変人だけど。



「う、海に来たぞーーーーーっ!!!」


 電車を降りて海水浴場に出た瞬間、綾芽先輩は叫んだ。


「海だからって浮かれ過ぎだろ……。小学生か」と涼子先輩はぼやいていた。


「そうは言いつつ、先輩も内心では結構ワクワクしてるんじゃないですか?」


 モブ子がからかう。うるせえな、先輩はまた愚痴をこぼす。

 しかし傍から見れば、涼子先輩のテンションが上がっているのは明らかだった。


「じゃあさっそく、拠点をつくりますか。翔、手伝えよ」


 レジャーシートを敷き、ビーチパラソルを広げる。

 手伝えよと言われたものの、ほぼほぼ渚だけで設営が終わってしまった。


「それじゃあ、女子陣は更衣室で着替えてくるね」


「え。私もう服の下に着てるんで大丈夫ですよ」


 モブ子はそう言うと、唐突にTシャツを脱いだ。普通にびっくりした。

 中に着ていたのはプールの授業のときと全く同じスクール水着だった。

 貧相な身体、全くそそらねえ、やっぱお姉さんだ。と渚はめちゃくちゃ失礼なことを呟く。


 綾芽先輩と涼子先輩は更衣室があるであろう海の家の方へ向かった。

 俺と渚、モブ子──つまり1年生がその場に残ったことになる。

 

 渚はモブ子に聞かれないようにか、俺に耳打ちをした。


「で、恋愛経験ゼロの翔くんは誰を狙ってるんだ?」


「お前だって彼女できたことねえだろうがよ……。誰も何もいないよ。誘われたから付いてきただけだし」


 はぁー、分かってねえ。突然渚は大声で嘆いた。耳打ちはどうした。

 モブ子がキョトンとした顔でこっちを見つめている。


「あのなあ、普通に考えてみろよ。全く気にかけてない男子のこと、海に誘わねえから」


 え。

 ってことは綾芽先輩、俺が好きってこと?

 そういうことだよな、コイツの言ってることって……。


「顔赤くなりすぎだろ! そうやって短絡的に考えてすぐ舞い上がるのはお前の悪い癖だ」


「つまりはどういうことだよ!?」


 興味津々な俺は食い気味に聞いた。


「現時点で言えるのは、脈なしってことはないだろうなって程度。つまり、やりようによってはになるかも。せっかくのチャンス、モノにしろよ」


「あ、ありがとう渚。……オレ、頑張ってみるよ」


 渚はニコッと笑って、立ち上がった。


「応援してるぜ、お前と先輩の恋愛っ!」


 

 違う、そっちじゃない……ッ!

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