第2章 みんなで海に行こう!

それだと、君はゴリラ以上の新生物かなにかだ。

 見慣れた病室で目が覚めた。

 身体を起こして伸びをする。

 周りを見渡すと、涼子とモブ子と翔くん、みんな揃いも揃って心配そうな目でこっちを見ているものだから、思わず笑ってしまった。


「私の頑丈さ、知ってるでしょ? そこまで心配しなくてもいいのに」


「綾芽。その、本当にごめん」と、涼子が俯き気味に謝罪した。


 よくよく見てみると、拳を固く握っていることに気がついた。……親友である私のを殺しかけた自分への後悔……とかだろうか。

 心優しい涼子ならそういうことを思っていても不思議ではないかな。

 本当に心優しい人は後輩を殺しにかかったりはしないけどさ。


「私と涼子の間でしょ。もう過ぎたことは気にしないで」


「綾芽……」涼子は少し涙ぐんでいた。こういうところはかわいい。


「俺にも謝ってほしいですね、涼子先輩」と翔くん。


 翔くんが怒るのも無理はない。むしろ怒らないほうがおかしい。

 私が代わりに犠牲になったからよかったものの、3発目の攻撃が当たっていれば翔くんが病院送りだったのだから。


「あ? 元はといえば、お前が私に向かって失礼なこと言うから悪いんだろ」


 翔くんは空いた口が塞がらないといった様子だった。


「い、いやおかしいですって。だって、先輩から呼び出したんでしょ、責任取れって」


「だからそんなこと言ってな──」


「まあまあ」2人の口論に私は割って入った。

 大本をたどれば、私が翔くんを落とす(恋愛的な意味で)ための作戦で、モブ子に伝言を頼んだのが原因だ。それを一から説明する義理はないけど、2人の喧嘩を仲裁する義務はある。


「涼子、ここは謝ってあげて。私からのお願い」


「わ、分かったよ……。お、おい。翔!」


 涼子は沈黙した。死んでも「ごめん」なんて言いたくないといった顔で。

 この子、人に謝るの慣れてないから緊張してるのかな。


「ひ、ひとつ貸しだかんな!!」


「それは俺のセリフですけど!?」


 涼子、それはどちらかというと被害者側が使う言葉だ。



「それにしても……体育館を破壊して、私という負傷者を出して、さらに血痕付きの金属バッドという物的証拠もある。こんなに暴れたら涼子、停学以上の処分は下るんじゃないの?」私は疑問を投げかけた。


「ああ、それは……」涼子が事の顛末を話し始めた。


 まず、私が病院送りになった件について。これは、前日にトラックに撥ねられた際の頭の傷が開いたから、という結論に強引に持っていったようだ。ま、まあ……。

 

 次に、体育館の床を破壊したことについては、老朽化していた、ということで片づけられたようだ。ツッコミどころはあるが、まあ老朽化なら仕方ない、となったのかな。……あの破壊の仕方は老朽じゃ済まないと思うんだけど。

 

 最後に、血痕付きの金属バッド。

 これの解決方法はかなり衝撃的だった。


「今のいろはすのペットボトルって、押し込めば簡単に潰れるだろ。モブ子が、あんな感じでバッドを圧縮したんだ。だから見つからずに済んだ」


「モブ子はゴリラなの?」


「失礼な。ゴリラだってバッドを潰すのは厳しいですよ!」


 モブ子の謎の反論。

 それだと、君はゴリラ以上の新生物かなにかだ。


 とにかく、涼子とモブ子がハッタリと腕力で穏便(?)に物事を解決してくれたみたいだ。

 いや、おかしいことは分かっている。分かっているよ。

 そんなこじつけた理由で、先生や警察が納得してくれるわけないと思うよ。

 また脅しとバイオレンスで無理矢理どうにかしたんだろうけれども、それについて聞くのは止めておいた。


 それにしても。私は翔くんを見た。

 仕方のないことではあるけど、翔くんはずっと不機嫌そうな顔をしている。

 彼がこのまま涼子と険悪な仲だと、私と恋仲になるどころか、涼子の友達である私に関わりを持ってさえくれなくなる可能性がある。「輝かしい青春」と私の恋路のために、まずは2人の不仲を解消させなければ。

 何かいい作戦はあるだろうか──。

 あ。


「海だ。海行こう」


 私は提案した。

 海は誰だってテンションが上がる。テンションが上がったその状態で高校生の男女が一緒になって遊べば、殺されかけた相手のことだって許してしまうだろう。

 そしてロマンスといえば海。私の水着姿で、翔くんの心も一本釣りすることだってできる(これは希望的観測である)。

 あと、今年はまだ1回も海に行っていないから単純に行きたい。

 

 流石に唐突だったせいか、全員ポカンとしている。


「海……ですか?」モブ子が聞き返してきた。


「うん、海。夏といえば海でしょ。ここにみんなで集まったのも何かの縁。親睦を深める意味で、このメンバーで海に行こうよ。電車に乗ってさ」


「コイツも一緒に!?」「この人も一緒に!?」


 涼子と翔くんがお互いを指差しながら、同時にほぼ同じ言葉を叫んだ。

 コンビネーション抜群。

 君たちは最初は不仲な関係から始まるラブコメの主人公なのかな。一応、私と翔くんがくっつく予定なんだぞ? 予言によるとさ。


「私は降りる。そんなの絶対楽しくねえし」と吐き捨て、涼子は病室から出て行ってしまった。


「すみません。俺もお断りさせてもらいます」


 翔くんもいなくなった。

 部屋に残ったのは私とモブ子だけになってしまった。



「先輩と私だけでも全然いいですよ。むしろ楽しそうです」


 楽しいだろうけど、それだと意味がないんだよ、モブ子。

 嫌だよ。同性の後輩と海に行ってただただはしゃいで帰るなんてさ。

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