誰かの断末魔と、形容しがたい嫌な音

「涼子が翔くんを捕まえる前に、涼子を止める」


「不可能ですよ! 綾芽先輩は運動もできないし、喧嘩なんかしても返り討ちにあうのは目に見えてるし」


 モブ子は言った。

 この子、悪気はないんだろうけどナチュラルに人をディスるのが得意なんだよな。


「返り討ちになるのが分かり切っていても、諦めるわけにはいかないの」


 私の名言に目を輝かせるモブ子。

 諦めたら、翔くん死んじゃうしね。死ななくても病院送りだしね。たぶん彼は私よりは頑丈じゃないから、普通に全治6か月とかになるだろうし。そうなったら、私の理想である「輝かしい青春」の大切な1ピースが欠けてしまうことになるのだ。

 あと1年も生きられないのに、ここで妥協するわけにはいかない。


 私は教室から出て、2人を追った。モブ子も後を続く。

 

 まあ、私だって無計画に動いているわけじゃない。

 みんなお忘れじゃないだろうか。私は未来予知ができるってことを。



 逃げろ逃げろ逃げろ。

 捕まったら殺される。

 それだけを考えて、俺は廊下を疾走していた。


 曲がり角で立ち止まって、追手がどこにいるかを確認する。

 幸いにも、今は見えるところにはいない。よかった──。安堵したのも束の間。


 とんとん。

 後ろから肩を叩かれた。まさか、先回りしていたっていうのか。

 恐る恐る、後ろを振り向く。


「翔くん!」


「うわあ!」


 モブ子だった。俺を追ってきたからか、少し息が上がっている。

 モブ子は敵だ。あの女の手下だから。


「頼む。俺がここにいることはあの人には言わないでくれ」


「違うよ。私は翔くんを助けに来たんだよ」


「私、たち……?」


「その通り」と、モブ子の後ろからもう1人女の人が現れた。なぜか自信に満ち溢れた少年のような顔をしている。


 その前下がりショートボブの、凛とした目の人には見覚えがあった。

 かなり印象的な人だから。

 目の前で豪快に事故られたら、嫌でも記憶に残る。


「私が……来たからには……ぜえ……もう安心して……はぁ……ね。涼子に追われて……ゲホ、死にかけてるんでしょうけど……助けてあげる」


「ありがとうございます……めちゃくちゃ息上がってますけど、大丈夫ですか」


「君たち、脚速すぎるのよ……教室からどれだけ走ったと思ってるの」


 ゼエゼエ、その人は息を整えながら言った。先輩運動不足だもん、とモブ子が笑う。


「あの……名前は?」


「綾芽。九條綾芽くじょうあやめ。10か月間、よろしくね」





 ──10か月間、よろしくね?





 意味はよく分からないが、綾芽と名乗ったその先輩は手を差し伸べてきた。握手をしよう、ということだろうか。俺は先輩の細くて白い手を握った。

 ニコっと笑う姿が心に残る。

 

 それにしてもこの人、目線が高いな。

 俺より7センチくらいは身長あるぞ。俺が低いんだけどさ。


「綾芽先輩。翔くんと合流できたのはいいんですけど、ここからどうするんですか? 結局涼子先輩に見つかったらオシマイですよ」


 モブ子が言った。そうだ。ここで立ち止まっているわけにはいかない。

 だが、先輩がオレの両肩をぐっと押さえて話し始めた。


「よく聞いて、翔くん。あと数十秒後に、どうあがいても君は涼子に見つかるわ。これは確定。たとえ男子トイレの個室だろうが、どこに逃げようが。そのあと、君の脳天めがけて金属バッドで攻撃してくる。3回ね。これは全力で避ければ当たらないから。そうすれば助かる」


 真剣な、まるで未来を既に知っているような顔で言われた。


「でも、なんでそんな具体的に──」


「私の知り合いに占い師がいるの」先輩はモブ子に視線を送った。


 モブ子が占い師? 当の本人は動揺してるし。

 やっぱり、この先輩は昨日の事故で悪いところを打ったのかもしれない。


「とにかく、広い所に逃げて。早く」


 先輩の言葉で、俺はまた駆けだした。

 広い所へ。体育館に向かおう。



 体育館。俺は中央部分に陣取って、涼子先輩を待つ。

 半信半疑だが、全力で攻撃3発を避け切って見せる。


「へえ、度胸はあるんだな」


 入口からバッドを持ったあの女が現れる。


「来い。お前が何をしてくるかは分かってるんだよ!」


 涼子先輩の殺意がどんどん高まる。

 もうヤケクソだ。ここまで来たら挑発してやろう。


「ぶっ殺す!」


 叫びながら、こっちに向かって走ってくる!

 近づいてそのバッドを振り回すつもりか。それなら頑張れば避けられる!

 と思ったのも束の間。

 先輩は跳んだ。脅威的な跳躍力だ。何メートル跳んでるんだ。


「う、上ぇ!?」


 落下のスピードに乗せて、バッドを振り下ろす。

 地面のコンクリートが割れる。衝撃で物凄い爆音が鳴り響いた。

 俺は間一髪、数センチの差で当たらなかった。

 アレが直撃していたら死んでいた。この人、漫画の世界の住民だろ。

 すかさず距離を取る。


「ち……外したか。だが……次は当てる」


 涼子先輩はスカートのポケットに手を入れる。

 ポケットから取り出したのは白球だった。いつの間に手に入れていたんだ。

 彼女は、それを高く上げ──バッドで打った。

 ライナー性の打球が俺の顔めがけて猛スピードで飛んでくる。

 即座に身体を右に反らし、ギリギリのタイミングで避けた。

 危なかった。俺は安堵のため息をつく。あと1発──。


 あ。


 先輩はボールと一緒に距離を詰めてきていたようだ。

 眼前に、殺意の波動に目覚めた先輩がいる。

 助走で勢いがついたスイング。絶対に避けられない。なんというバトルセンス。

 死を覚悟する──咄嗟に目を瞑った。


「ぐぎゃあ゛あ゛あぁぁーーーーーーっっ!!」


 俺じゃない。誰かの断末魔と、形容しがたい嫌な音が聞こえる。

 恐る恐る目を開けると、そこには。

 やばい、やっちまった。という目をした涼子先輩と。

 

 頭から血を流して倒れている綾芽先輩がいた。

 もしかして、俺のことを庇って……?

 当然だが、揺らしても返事はない。


「き、救急車を呼べぇぇーーー!!」


 騒ぎを聞きつけたらしい先生が、惨状を見て絶叫した。

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