私の未来の彼氏が、今日死ぬかもしれない。

「全部君のせいなんだから、責任取ってよねっ!って!」


 モブ子はあのヤクザのメッセンジャーだったらしい。

 全部君のせい? いったい何のことだろう。全く身に覚えがない。

 とにかく、俺が今日を生き延びるためにはあの金髪女に捕まらないことが重要だ。ならば、手下であるモブ子の近くにいることは既に死のリスクが高い。

 捕まったら最期。

 吊るしあげられて、サンドバックにされた後に金属バッドのフルスイングで亡き者にされるに決まっている。


 俺は教室から逃げ出そうとした。

 だがしかし。


「だ、ダメだよ。翔くん。先輩の教室に行って!」


 モブ子が腕を掴んで離さない。

 しかも、力が尋常じゃなく強い!!


「誰が行くか! わざわざ死刑執行場所に行くほど俺も馬鹿じゃない!」


「い、行ってくれないと私が怒られるんだよ~!」


「恋愛にギャップは大切よね」

 

 私は登校するやいなや、涼子に告げた。

 涼子はストローで紙パックの豆乳──ゲロ甘いはちみつ味だ──を飲んでいた。毎朝の日課らしい。


「二面性ってのは誰もが魅力的に感じるもの。実は意外と優しい不良とかね」


 意外と優しい不良は聞いているんだか聞いていないんだか分からない顔で、悠長に糖分を貪っている。


「いつもは頼りない男が、イザという場面でバチっと決めるのは痺れるしね。思っていたよりも○○まるまるだ!っていう感情は好感度を上げるのに最適らしいの」


 はちみつ豆乳を飲み干して至福の表情を浮かべる涼子。

 口からストローを離し、すぐさま紙パックを握りつぶす。

 君が超甘党なのもなかなかのギャップだ。甘党のヤンキーなんて使い古された没個性のギャップだけどね。朝から無骨にサーロインステーキでも喰らう姿がお似合いだよ君は。


「──続けるわ。今回の作戦はその心理を利用するの。昨日は事故ったせいで会話ができなかったから、今日が初対面ってことで。まずは私のかわいらしさをアピールして、やるときはやるしっかり者っていうギャップで落とす」


「お前にしっかり者のイメージは全くないよ」


「涼子の前ではつい気が抜けちゃうからね」


 とにかく、作戦の根回しはモブ子に頼んで完了済み。

 女の子に「責任取ってよねっ」なんてセリフを言われて冷静でいられる男はいない。漫画の知識だけど。そこで精神的優位に立ち、後は私のペースで事を進める。

 完璧な作戦だ。今度こそパーフェクトだ。

 時期に翔くんがドキドキしながら教室を訪れるはず。

 そこからは手取り足取り教えてあげるから、このお姉さんに任せなさいな。


「つ、連れてきましたー!!」


 説明が終わった瞬間に来るとは、まさにベストタイミング。

 教室の入口でモブ子が叫んでいる。

 モブ子は右手でこちらに手を振り、左手で男──秋葉翔くんの腕をガッシリと掴んでいた。

 モブ子、握力だけは校内1位だもんね。他は全部平均値なのに。


「あいつ、秋葉翔じゃん」


 涼子は言った。

 当の本人の翔くんはというと、涼子を見るや否や、尋常じゃなく怯え始めた。

 私にドキドキしてるはずなんだけど、なんで涼子でドキドキしてるのかな。しかも、恋のトキメキじゃなくて死のドギマギだよね。それ。

 ぐいぐいと、強引に翔くんの腕を引っ張るモブ子。

 私たちのところまで彼を連れてきてくれた。


「お、俺は何もしてない! 何もしてないぞぉ!!」


 翔くんは涼子を指差しながら叫ぶ。なんだお前、と涼子は睨みつけた。


「お前みたいなマフィアに対して責任を取る事なんか何もないぞ!」


「さっきから何なんだよお前!」


 涼子は机を脚で蹴っ飛ばした。モブ子がビクッと身体を強張らせる。

 すかさず翔くんに近寄った涼子は、勢いよく胸倉を掴んだ。


「いきなり先輩の教室に来たと思ったら、人の顔みてビビり散らして取り乱しやがってよぉ! 用があるならさっさと言え!!」


 涼子、キレた!!

 冗談はさておき、なぜ翔くんは涼子に対してそんなに怯えることがあるというのか。

 まあ天性の目つきの悪さだしキレると怖いし、萎縮するのも分からなくはないけど。


「モブ子に伝言頼んだのはアンタのほうでしょ! 全部お前のせいだから、責任取れって! 俺はアンタに取る責任なんてひとっつもないと思いますけど!」と負けじと対抗する翔くん。


 ──全部君のせいなんだから、責任取ってよねっ!


 モブ子に託した伝言を思い出した。

 まさか、発信元が涼子だと誤解しているのか。

 それだと、180度意味が変わってくる。涼子の言う「責任取れ」は「小指詰めろ」だ。

 どんな伝え方をしたらそう伝わるんだ? モブ子……。

 

 心当たりの全くない涼子が、キョトンとしている。翔くんはその隙を見逃さなかった。強引に腕を振り払い、一目散に教室から逃げ出した。


「アイツ、とっ捕まえてぶっ殺してやる!!」


 そう意気込むと涼子は野球部の男子から金属バッドをぶんどり、2回ぶんぶん素振りした。バッドを引きずりながら、ゆっくりと教室から出ていく。

 教室中が君に釘付けになって、騒がしかったのが一瞬で無音になったよ。すごいよ。

 モブ子が息を呑む。


「涼子先輩、本気で怒ってましたね……。翔くん死んじゃうかも……」


 そうだね。

 これはやばいな。私は天井を見つめた。


 私の未来の彼氏が、今日死ぬかもしれない。


 翔くんを生かすためには、我が親友・涼子を倒さなければいけない。

 私のロマンス溢れる恋愛を始めるためには、それしかない!

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