全部君のせいなんだから、責任取ってよねっ!って!

 状況を整理しよう。

 部活の終わり際に、同じクラスのモブ顔の女の子(名前は分からない)に呼び出された秋葉翔こと俺。

 約束通り、校門前でウキウキしながら待っていたら、道路の向かい側の茂みから変な走り方の女の人……うちの学校の制服を着てたから、たぶん生徒だと思う……がこっちに向かってきた。

 その女の人はトラックに撥ねられた。

 ついでに軽トラにも轢かれた。

 たぶん、死んだ。

 安全確認の大切さを伝える交通事故のデモ映像だと思った。


 一応呼びかけてみたが、返事も無いしピクリとも動かない。

 こういうときって、119番通報だよな。

 すかさず携帯を取り出して、1,1,9と入力する。

 うん。俺は至って冷静だ。


 事故現場に人が集まってくる。

 運転手らしきおじさん×2と、女子高生×2。

 女子高生のほうはよくよく見ると、あの金髪ヤンキー女と俺を呼び出した女の子だった。


「綾芽先輩! なんでこんなところで死んじゃうんですかあ!!」


 女の子は号泣しながらドンッドンッと死んだ(恐らく)人の身体を叩いていた。

「いったん落ち着け」と、場馴れしてそうな極道が女の子を冷静になだめる。

 救急要請の電話をしながら、そんな様子をぼんやりと眺めていた。


 息つく間もなくピーポーピーポーと救急車が現れて。

 あっという間に女の人はピーポーピーポーと運ばれていった。

 ドップラー効果ってこういうことかって思った。


 それにしても、あの俺を呼び出した女の子(理由はきっと告白だろう!)。

 すかさず人命救助を優先するなんて、流石だ。人間ができている。

 やっぱりいい子だな~。名前わかんないけど。



 事故から数時間後。

 完全にお通夜状態と化していた病室で、みんなに見守られながら私は飛び起きた。

 ぎゃー、と叫びながら気を失い倒れるモブ子。

 私が事故から奇跡の生還を果たしたというのに、見舞い人の注目はモブ子に集まってしまった。

 モブ子と、彼女に夢中になる人たちを無視し、医者に連れられて検査を受ける。



「事故の衝撃で気を失ってたな。骨もバキバキに折れていたのだが、この数時間で完璧に再生するとは……医学的には全く信じられん」


 医者は額の汗を拭った。

 普通なら即死だし、アニメの世界なんかだったら異世界に転生しているような事故だが、私は持ち前の耐久力のおかげで天界に召されるのは免れたらしい。「まあ頑丈ですからね、昔から」と言うと、医者は苦笑いした。



「ムチャクチャだよ、ホント」


 病院からの帰り道、涼子がポツリと言った。

 ふとスマホで時間を確認すると、時刻は夜10時を回っている。こんな遅い時間まで居てくれたなんて、いい友達を持ったなと思った。

 

「ムチャクチャだとしても、これがリアルってものよ」


「……心配するほうの身にもなれっての」


 暗くて、どんな表情をしているのかは分からない。

 ただ、涼子の声は、どこか安堵しているようだった。


 そうだ。そうなのだ。

 涼子は「周りに舐められたくない」という理由で校則をバリバリ違反した金髪ヘアーにしてオラついているが、根はとても優しい子なのだ。……目つきの悪さだけは生まれつきだけど。

 不良が猫を助けたりするとギャップで「不良だけどいいヤツなんだ」みたい感じで、謎に好感度が上昇することがある。まさしくそれが今の涼子で、実は友達想いなこの子のことを私はたまらないほどに愛らしく思った。──そうだ。


「……いいことを思いついた。モブ子にまた伝言を頼まないと」


 ニヤリ。私は再び、新たな天才的な作戦を思いついた。

 秋葉翔のハートを射落とす、恋愛の作戦を。



 事故を見かけた次の日の朝。教室にて。


「オイオイオイ……」


 渚が、窓の外の道路を指差した。


「なんか面白いことでもあるのか──って、えっ!?」


 昨日盛大に事故って死んだであろう、あの人が歩いていた。

 しかも怪我の素振りなど微塵も見せない、普通の姿で。


「あの人が事故ったってのはもう学校中の噂だぜ。即死だって聞いたけど……幽霊?」と渚は話す。俺は力なく笑うしかなかった。



「あ、あの……翔くん」


 隣から女の子の声が聞こえる。

 振り向いて見てみると、その声の主は呼び出しの例の子だった。


「君昨日、俺のこと呼んでた──えっと、名前なんだっけ?」


 オレが聞くと、女の子は照れながら、か細い声で名乗ってくれた。

 名乗ってくれたのだが、住民票記載例みたいな驚くほどに印象に残らない名前だったから、すぐに記憶から抜け落ちてしまった。


 不便だから今後はモブ子と呼ぶようにしよう。


 モブ子は何かを言いたそうにモジモジとしている。

 俺は考えた。

 

 昨日できなかったアイのコクハクをしようとしているんだな!

 しかしここは多くの友達が行き交う教室だし、隣で渚がキョトンとした顔でこちらを見ている。こんな状況では恥ずかしくてとてもじゃないがコクハクなんてできるわけがない!


「静かなところで話そうか」と言い、俺はモブ子の腕を掴んで教室から出て、空き教室に向かった。


空き教室にて。

「昨日俺のこと校門に呼び出してくれたけど、結局会えなかったからさ。モブ子が何か話したいことがあるなら聞きたいなって思って」


 さあ、ここなら誰も聞いていない。

 君が愛のフレーズを言ってくれれば、僕は大人の仲間入りなんだっ!

 

別にないよ」


「え!? 告白とかじゃなかったの!? てっきりモブ子がオレのこと……」


「はっ!? 告白!? お前に!?」みたいな顔をされた。噓でしょ。


「違うよっ! 名前も覚えてくれないし、人のこと許可もなくモブ子なんて呼ぶ失礼な人、好きになるわけがないじゃんっ! モブ子って呼んでいいのは先輩だけなんだから!」


 先輩って、あの金髪ロング反社会勢力極道ヤクザ!?

 昨日の朝といい夕方といい、モブ子と先輩はどういう関係なんだ。


「大体ねっ。翔くんのこと昨日呼び出したのも、先輩の指示なんだからっ!!」


「せ、先輩の指示~~~~っ!?」


 人の脳天めがけて金属バッドフルスイングも余裕な、あの女の先輩!?

 昨日の時点で気づくべきだった。モブ子は先輩の舎弟だったんだ。舎弟に言わせてただけで、本当に用事があったのはあの金髪女のほうだったんだ!!

 心臓が今にもはち切れそうなくらい拍動が強い。

 今日こそ、俺の命日なのか。


「さっき翔くんに話しかけたのも、先輩から伝言預かってきただけだし!」


「で、伝言?」



「全部君のせいなんだから、責任取ってよねっ! って!」

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