第32話

 婀娜あだっぽいとは、なまめかしく色っぽいさまの事。


「……どこが?」


 携帯電話で意味を調べながらアタシは帰路についていた。

あれからすぐにプリントの問題を解き終わり、城ヶ峰先生に渡してすぐ学校を出た。

先生は変わらずいつもの先生になっていて、下駄箱前の廊下で別れた。

携帯電話をバッグに戻す。


 最後の、何だろあれ……──。


「──ユヅキ? おかえりー」


 前方からアタシを呼ぶ声がして顔を上げると、そこには姉がいた。

アタシには二人姉がいて、下の瑠美ルミねえちゃんだ。


「……ただいま」


「ん。家、鍵掛けたとこなんだよね。私もこれから出かけるし」


 ちょっと気合いの入った服に化粧は、おそらく彼氏のところに行くのだと思う。

アタシは、うん、と頷いた。

アタシと二人の姉は血が繋がっていない。

アタシは父親の連れ子で、姉達は母親の連れ子なのだ。

よくしてくれているとは思うけれど、数年経った今もまだ慣れない。

父は海外出張中だし、母親も看護師で夜勤多めであまり会わないし、姉達は自由奔放だ。

夜、家にアタシ一人なのはもう慣れた。


「ん? どうしたの?」


「……なんでもない。待ち合わせしてるんじゃないの?」


「そうだったそうだった。んじゃ、留守番よろしくー」


 小走りで駅へ向かう瑠美姉ちゃんを見送って、アタシは家の鍵をバッグから探した。

瑠美姉ちゃんは髪が長くて、綺麗な茶色だ。

染めているアタシとは違くて、元々の綺麗な色だ。

城ヶ峰先生と似てる感じがする。


 …………って、なんで先生が出てくるの?


 鍵を差し込みながら思い返していた。

城ヶ峰先生は下駄箱での別れ際、こうも言っていたのだ。


 ──また来週、本当の灰田さんを見せてね。


「意味わかんないっつーの……」


 アタシは家に入った。

まだ夕方なのに家の中は暗い。

いつもの家に、アタシは俯いた。


 しん、とした灰色の家が──寂しくて。


 ※


 また土曜日が来てしまった。

先週と同じように昼から学校に来たアタシは、上履きに履き替えて自動販売機がある渡り廊下を歩いている。

首に浮き出た汗に髪の毛がひっついて鬱陶しい。

今日も暑くて嫌になる、とパックのほうじ茶が取り出す時、横目に上履きが見えた。


「──ユヅ?」


「ユキ? ああ、部活?」


 そこには少し大きめのパネルを持ったユキ──七瀬ななせ雪乃ゆきのがいた。

ユキは同じ中学の子で、今はクラスは違うけれど今での良い友達をやっていて、写真部に所属している子だ。


「ユヅも部活?」


 ほうじ茶のパックにストローを挿したアタシは曇った顔でこう答えた。


「……補習だよ」


 そう呟くとユキは、自業自得、と笑った。

そりゃそうだけれど、とユキがいつも飲んでいるリンゴジュースを奢ってあげる。


「いーの? ありがと」


「いーよ。それ写真? 見せてよ」


 少しなら、とユキが言うのでアタシ達は渡り廊下から教室棟へ上る二段の階段に腰を下ろした。

ここなら日陰だし風も通るし休憩にはちょうどいい。

そしてユキの話を聞くと、今度写真部でとある画廊喫茶店で展示会を開くのだとか。

その準備をしていたらしく、実習棟から部室棟へ移動中にアタシを見かけたらしい。


「実はあんたの写真もあるんだよね」


「ちょ、勝手に──」


「──顔はなし、体だけ」


 それもどうかと、とパネルを表にした時、見えた。


 ……裸足?


 小さなポラロイド写真に写っていたのは全て裸足だった。

男子生徒の足、女子生徒の足。

そして青い爪先の上履きを履いた裸足の足があった。

いつの間に撮ったのだろう、三年で上履きの踵を踏んだ裸足の女なんてアタシくらいだから、きっとこれがアタシの足だ。


「なんで足なの?」


 それも膝下ばかり、たまに上半身が半分くらい写る写真ばかりだ。


「あー……今度の展示会が写真部三年の最後の活動なんだけどさ」


 部活に力を入れているこの学校でも九月になれば三年生は引退する。


「今までは風景とか空とかで、それでもよかったんだけど、この学校にいたって事、撮っておきたくなってさ。校舎のここに立ってた、座ってた──歩いてた、っていう足跡みたいな」


 アタシの足は校舎の階段を上っているところだった。

少し汚れた上履き、裸足、それにスカートの中の足は太ももまで写っている。


「……我ながらいい足ー」


「悪いけど撮ったとき、パンツ丸見えだった」


 アタシはユキの腕を肘で小突いた。

だろうと思ってはいたけれど恥ずかしいは恥ずかしい。


「で? こっちの男の足と女の足が並んでるやつは?」


 誰なの、とアタシはにやけながら聞く。

パネルの真ん中にあるその写真は、窓枠から向こうが眩しいくらいの水色の青色で、やや逆光になっている裸足の足が二人分、窓枠にかけるように投げ出されていた。

ユキを見ると、口を尖らせてまだ答えてくれない。


 アタシはユキの腕に自分の腕を絡めて寄り掛かった。


 仲良しで何より。


「……うるさいなぁ」


 何も言ってないんですけれど。


「あはっ。アタシ、この真ん中の写真が一番好き」


「私はあんたの足が一番好き」


「やーだ、照れるー」


「真面目に言ってんの。階段上ってるあんたの足、すっごくいい。子供で、大人な感じがする」


 何それ、と聞こうとしたらユキは続けてこう言った。


「──背伸び、って感じで好きなの」


 この前、アタシは制服をきちんと着て登校した。

別に、城ヶ峰先生に言われたからとかじゃなくて、気まぐれなんだけれど、まぁ、いつもとは違う色んな音がしてたな、というのが正直な感想だ。

どうしても、音がなる。

どっちが背伸びだか、けれどユキの面白い見方に、アタシはまた考えた。


 背伸び、か──。

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