第29話
──何か変。
ううん、絶対変。
昼休み、私は自分の席で昼ご飯を食べていた。
サンドイッチを頬張りながら廊下側の壁、というか窓に寄り掛かって食べるのがいつもの事だ。
ちなみに廊下側の真ん中が私の席だ。
そして私の後ろの席の琥太郎と喋りながら食べるのがいつもの事なのだけれど、その琥太郎がいない。
今日で三日目、しかも連続でいない。
「珍しいね、喧嘩でもしたの?」
前の席にいたクラスメイトが聞いてきた。
ううん、とリンゴジュースを飲みながら首を振る。
「……やっぱ、何か変だよね」
「うーん、雪乃ちゃんと宮下君はいつもセットって感じだし、どうしたのかなとは思うかなー」
そう、なんだかんだで一緒にいる。
だからいないのは変な感じ。
それに──。
「──ユキ」
と、窓からユヅが覗き込んできた。
「ユヅ……って、何その恰好」
これもまた変な感じが現れた。
ちょうど四組の教室の前を歩いていたユヅは、制服をきちんと着ていたのだ。
スカーフもつけているし、いつも裸足なのに指定ソックスも履いている。
クラスメイト達も教室から廊下のユヅに、何があった!? と注目する。
もちろん私も驚愕していた。
「……ちゃんとしたらしたでこれだもんな」
「しょーがない。まぁいいや、何か用?」
「あー、宮下君なんだけど、実習棟の方にいたけどユキ知ってんのかなって」
知らない、と私は肩を軽く上げる。
まったく、どうして琥太郎の事を私に言うんだろう。
「最近一緒んとこ見ないなって思ってさ」
クラスメイトも賛同の頷きをする。
っていうか、皆も一緒に聞いてるってどうなのか。
「──女の子といたよ」
「は?」
思わず反応してしまった。
「宮下君ってあれでもモテるんだよ。ユキ、知らなかった?」
知らなかった。
その前に知ろうともしてなかったかもしれない。
それと最近、琥太郎は言わなくなった。
私を好きだって、毎日毎日欠かさなかったのに、よそよそしくなったのと同じ三日目だ。
するとクラスメイトの一人が廊下とは逆の窓の下、中庭に琥太郎がいる事に気づいて声を上げた。
ちょうど琥太郎の話をしていたので皆が窓際に集まる。
私もクラスメイトに手を引かれ、背中を押されてユヅと一緒に寄った。
しょーがなく見ると、琥太郎はユヅが言ったように、女子といた。
髪が長くて、親しそうに琥太郎の隣を歩いている。
笑っている。
胸の辺りが、もやっ、とした。
…………もや?
何これ、と思った。
けれど胸の、みぞおちの内側がそうなっている。
持っていたリンゴジュースを飲んでも流れてくれなくて、なんとなくスカーフをいじった。
引っ張り過ぎて結びがずれた。
するとユヅが直してくれた。
「宮下君が他の女子と一緒にいるところ見て、感想は?」
「何その質問」
「何となく」
クラスメイト達はまた私達の会話を聞く。
何をどう言ったらいいか。
──琥太郎の隣にいるのは私だったのに。
なんて、言えない。
勘違いをさえてしまうし、言い方が違う。
それに私はいつから琥太郎のそばにいる事、隣にいる事を普通としていたのだろう。
私の事が好きだという琥太郎がいただけだ。
私は何も答えていないずるい女で、楽だからいただけた。
なのに、なんか──。
「……むかむかする」
そう呟いた瞬間、はっ、としたけれど、ユヅもクラスメイトも、しん、と静かになった。
「違っ──違わない? けれど、その……」
これじゃあまるで嫉妬してるみたいだ。
しどろもどろに言い訳を試みるけれど、上手く出てこないし、もう、駄目だ。
顔を見られたくないくらい、恥ずかしい。
私は手の甲で口元を隠して俯いた。
「……わお、ユキの可愛いとこ初めて見たかも」
可愛いって何、これが?
するとクラスメイト達も、レアー、と冷やかし始めた。
「まぁ大丈夫なんじゃん? 宮下君はユキの事大好き大好きーだし、皆も知ってるっしょー?」
ユヅの声にクラスメイト達は、そりゃあねー、と声を揃えた。
というか、周知の事実あったの? と私はさらに恥ずかしくなった。
けれど考えればそうだ。
琥太郎はところ構わず私を好きだ好きだ、と言っていたし、クラスメイトが聞いてないはずがない。
「ま、今回の事はどういうつもりかわかんないけどさ、ユキはわかった事あるんでしょ?」
ユヅは肩を竦めながら軽くデコピンしてきた。
私が、わかった事……まだ、むかむかするって事?
※
この時期のドライヤーは暑くて嫌になる。
髪に櫛を通す私は今、部屋の片隅にある化粧台の前に座っていた。
あの後、琥太郎は教室で私に構う事はなかった。
授業や連絡事項の事だけで、いつものような事は一つも話さなかった。
そして部活も先に行ってしまって、部室にあるホワイトボードに、外出、とだけ書いて帰ってこなかった。
徹底的に私を避けているのかも、と思った時、私はこうも思った。
寂しいな、って思った。
……なぁんで私がこんなにいらいらしなきゃなんないのよ! ふざけないでよ琥太郎のくせに! あんなに私を好きだとか綺麗だとか言っておいて! それに恥ずかしいとか、そういうのも何で感じるわけ!? もう……意味わかんないって……──。
「──ユキってば何やってるの? もう、せっかく梳かした髪がまたぐしゃぐしゃじゃない」
未沙姉に言われて鏡を見ると、言われたとおりぐしゃぐしゃになっていた。
「ほら、櫛貸して。やってあげる」
「うん……」
同じくお風呂上りの未沙姉は、長い髪を頭のてっぺんでお団子にしていて、手慣れた様子で私の髪を梳いてくれる。
「何かあったのぉ?」
「……別に」
何もなかった。
いつもある事が、なかっただけだ。
「あったんだねぇ」
ないって言ってるのに、未沙姉はこういうところが鋭い。
「帰ってきてからずっとひどい顔してるもんねぇ。まるで失恋でもしたみたい」
……本当にひどい顔だ。
無意識に睨んだような目になっているし、膨れっ面。
けれどこれは失恋の顔なのか? と思った。
「……失恋って、こんな顔?」
「えぇ?」
「あのね……好きだって言ってくれる男子がいるんだけれど、最近変で……距離、置かれてるみたいなんだ……」
すると未沙姉は化粧台に櫛を置いた。
かいつまんで私が説明している間、未沙姉は自分の髪を下ろして器用に三つ編みにしていく。
そして、ふふっ、と笑った。
「ユキはその子の事どう思ってるのぉ?」
「どうって……別にその……」
「魔、差されちゃった?」
目が、見開いた。
私が琥太郎に? いつ? どうやって──。
「──恋ってこういう事だよ。鏡、見てみ?」
未沙姉は、いやにや、とにやけてその場を後にした。
残された私は鏡に映る未沙姉を見送って、自分の顔を見る。
こんな顔をしていたっけ、と思わず鏡に映る自分の頬を指で撫ぞった。
そこには少し赤らんでいて、泣きそうな顔をしている自分がいて──。
──ぱんっ!
私は自分の頬を挟むように叩いた。
やっぱりむかつく。
だから私は明日、絶対に言おうと決めた。
琥太郎に、絶対言ってやろう、と。
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