第28話

「──私ってどんな奴かな」


「んー?」


 あれから数日後の昼休み、私は教室棟と実習棟を繋ぐ渡り廊下にある自動販売機の前にいた。

どれにしようかと指を動かして、ぐっ、とリンゴジュースのボタンを押す。

がごごん、と出てきたそれを受け取り口から取って、隣に立つユヅを見た。

ユヅはほうじ茶をストローで飲みながら私を見つめる。


「きっつい性格してる」


 うーわ、ユヅに言われたくない。


 そう顔に出てしまったか、ユヅは薄く笑いながら中庭のベンチにいこ、と移動する。


「そっち暑くない?」


「一応日陰だし。っていうかどこも暑いって」


 それもそうか、とベンチに座った。


「他には?」


「愛想無し」


 これもユヅに言われたくない。

するとストローを齧った時、ユヅは続けてこう言った。


「ユキは綺麗だよ」


 自分ではそう思わないけれど、言われて嬉しくなくもなく、変な感じ。


「気づいてる? そこ通る奴らも教室棟の奴らも、皆あんたの事見てる」


「……それはユヅを見てるんじゃん?」


「はっ、珍しくガッコーにいるから?」


 まぁそれもあるかも、と私はちょっと笑った。


「ユキにはさ、何か惹く力みたいなの、あるよね」


「何それ」


「とりあえず美人。むかつくくらいにね」


 何の手入れもしてないけれど、と言うと腕を小突かれた。

どうやらこういうのはユヅでさえ反感を買うらしい。

本当の事だけれど、言葉にするしないの境界線は難しいなと思った。


「……私は自分の顔、嫌い」


「あんたが嫌いでも他の奴らは好きなんだよ。告ってきた男子とか、ねたんじゃった女子とかさ。それはあんたにしかないもので、なろうとしてもなれるもんじゃないし……何て言ったらいいかな」


「……しょーがない?」


「あ、それ」


 まさか自分の言葉で片付けられるとは、ため息しか出ない。


「ま、ユキの外見そとみしか見てない奴らばっかりだしね。綺麗で可愛くてミステリアス。近寄り難くて近寄りたい」


「はぁ……勝手なイメージだなぁ。他の皆と変わんないっての」


「それと一緒」


 ユヅは私のリンゴジュースを指で弾いた。


「たまには食べてみなよ。食べてみないとわかんないんだから」


 それは──。


「──毒リンゴ?」


「そ」


 言ってくれるじゃない、と私は呆れつつもユヅに聞いてみた。


「あんたは? 恋っぽいのとか……って、何その反応っ」


 ユヅはあからさまに顔を逸らしたのだ。


「……ノーコメント」


 いやいや、顔赤いし?


 私は暑くてべたべたするのもお構いなしに、ユヅに問い詰めるのだった。


 ※


「──ん」


 放課後、写真部の部室に入るなり、琥太郎が写真を渡してきた。

最近の琥太郎はインスタントカメラを気に入って使っている。

カードくらいの大きさの写真に何が写っているのか、と鞄を下ろしながら見ると。


「……盗撮じゃん」


「まぁまぁ。そこは写真部の活動って事で目ぇ瞑れって」


 写真には私とユヅが写っていた。

昼休みの私達だ。

ただジュースを飲んでいる姿で、アングル的に多分渡り廊下からだ。

全く気付いていない私が写真にいる。


「歩いてたら雪乃が見えてさ、思わず撮っちゃった」


 悪びれた様子が全くない琥太郎を無視して、もう一度写真をよく見てみた。


「……自分が被写体になるのって変な感じ」


 私も写真部で写真を撮る。

けれど人物ではなくて空や花、風景ばかりを撮っている。

琥太郎も生き物を撮るのは珍しいなと思った。

いつもなら何気ない日常の一部、それも無機物が多い。

思わず、なんて言っているけれど、どうして私を撮ったのだろう。

私はパイプ椅子を引きずって窓際へと移動する。

今日も暑いので風を感じたいのだ。

そして座った時、琥太郎もパイプ椅子を引いて窓際に来た。


「飛行機雲」


 そう指を差して琥太郎は笑った。

本当だ、と私も見上げる。

そしておもむろにバッグから携帯電話を出して、カメラを起動した。

なかなか見れるものじゃないし、今日の空はとても綺麗だから。


 ……うん。


 携帯電話の画面にそれを映し、画面をタッチする。

もう一回、もう一度、あと一枚。


「──うん」


 


「あんたまた勝手に──」


「──まぁまぁ、部活の活動って事で」


 琥太郎はインスタントカメラから出てきた写真を私に渡して、今度は飛行機雲を撮りだした。


「雪乃を撮りたくなったんだ」


「え?」


「ユヅっちゃんとさ、笑ってたじゃん」


 それは昼休みでの事、そして今の事。


「見た瞬間、カメラ構えて撮ってた。お前だって今のそうだろ?」


 うん、と私は頷く。

見上げた今日の空が青く、数分前の過去の青も携帯電話の中にある。

少し違うのはさっきよりも少し広がった飛行機雲だけ。


「俺の空は、お前のとは違うよ」


 琥太郎はシャッターを押した。

そしてカメラを下ろすと、私に持たせたままだった写真を取って、そのまま窓の外に腕を伸ばした。


「そんで、俺はいつもお前をこうやって見てる」


 青い空の真ん中に、横顔の私が笑っていた。

自分では見れない私の姿だ。

琥太郎の目に映る私の姿がそこにあった。


「お前、綺麗だなぁ」


 そう呟く琥太郎の横顔は満足そうで、見た事がない顔で、そしてさっき撮った写真も浮かび上がって、それも並べた。


 どうしてか、恥ずかしくなった。

いつもなら全然平気なのに、好きだって言われてるのに、もう慣れていたのに、琥太郎の私への好きが、初めて私の中に浸透した気がした。


「……琥太郎」


 私のどこが──。


「ん?」


「──ううん、何でもない」


 私は携帯電話を持ったまま窓の外に腕を伸ばして、私が写っている写真の隣に並べる。


「……ユキは俺をどう見てるんだかな」


「え?」


「……んや、何でもなーい」


 そう言った琥太郎の横顔は、どこか少し変だった。

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