5.食わず嫌いの白雪姫

第26話

 ──三年四組、七瀬ナナセ雪乃ユキノ

少しだけ、男の人が苦手です──


「──好きなんだけど。俺ら、付き合わない?」


 、と私は目の前の男子を見据えた。

いつ、そう思われたのだろうか。

どこで、そうなったんだろうか。

どうやって、私を好きになったのだろうか。


 ……っていうか名前、何だっけ。


 目の前の男子の名前がわからない。

あまり見ない顔で、多分初めて話すような、けれど上履きが私と同じ青。

同級生なのは間違いない。

さすがにクラスメイトの顔は覚えているので、同じクラスになった事がない、というのはわかった。


「ごめんなさい。付き合いません」


 体育館とプールの間の小道で私はそう断り、きびすを返した。

後ろから呼び止める声が聞こえるけれど気にせず足を進める。

はぁぁ、と重いため息が聞こえてきた。

そのため息は私もつきたい。


 結局名前聞かなかったけれど、まぁいっか……。


 ※


「──お疲れ様です」


「よ」


 あ。


「なんだ、あんただけか」


「一年は先生と暗室、二年は料理部の撮影ー」


 所属している写真部の扉を閉めた私は、あっそ、と言って窓際のパイプ椅子に座る。

バッグをテーブルに置いて背伸びをして、長い息を吐いた。


「告白、一組の奴だって?」


「…………あんた知ってたの」


「次の挑戦者チャレンジャーは誰だー、っつってな。男子ん中じゃすぐ情報回んの」


「あっそ」


「そんで答えは?」


 同じ写真部、三年の宮下ミヤシタ琥太郎コタロウは、見ていた写真のファイルから目を外して、頬杖をついて私に、にやり、と笑みながら見てきた。


「……いつも通りよ」


 ついでに琥太郎とはクラスも同じだ。


「ふぅん?」


 琥太郎は少し顎を上げて反応する。


「何よ」


「通算何回目の告白だったっけなぁ、と思って」


「さぁ、数えてない」


 くくっ、と琥太郎が喉を鳴らすように笑っている。


「……何よ」


 答えがわかっているのに私は聞く。

琥太郎がこうやって笑った後、いつも通りというくらい毎回、彼はこう言うのだ。

二年前からずっと、こう言うのだ。


「──俺、今日もお前の事好きだよ」


 琥太郎は何度も私に、愛を囁く。


 ※


「雪乃ー、またフッたんだってねぇ」


 お風呂上りに一つ上の姉、六花リッカねえがそう言ってきた。

どうして高校を卒業している大学生の六花姉まで知っているのか、一体どこから聞いてくるのやら。


「どんな男?」


 すると今度は一番上の姉、壱曜イチヨウ──イチねえまで話にはいってきた。

ついでに二番目と三番目の姉も私を見ている。

四番目はもう寝ていて、五番目も、ちら、と私をうかがっている。


「はぁ……名前も知らない同級生だよ」


 私は七人姉妹の末っ子だ。


「もったいな。付き合ってからフればいいのに」


 そう言う二番目の新菜ニイナねえだけれど、自分の前の彼の時には、時間の無駄だった、って言ってたくせに、と思った。


「よく知りもしないのに付き合うのはやめた方がいいわよー」


 壱姉もどの口が言いますか。

あやうく不倫するとこだったくせに。


「とりあえず楽しければいいんじゃないのかなぁ。数打ちゃ当たる的なぁ」


 三番目の未沙ミサねえも笑いながら言うけれど、この前の彼に何度泣かされたかわかんないくらいなくせに。


詩歌シイカ伍瑠イツルは続いてるんだっけ?」


 そう新菜姉が聞くと、五番目のイツねえが俯きながら答えた。


「ううん……もうお終い……だって三股されてたもん……私三番目だった……はははっ」


 あ、と私達は一斉に伍姉から目を逸らした。

さっきから何かしてるとは思ったけれど、それが見えたからだ。

人形と釘、怖。


「えっと……シイねえも駄目っぽいんだよね」


 寝ている四番目の詩姉の代わりに六花姉が話し出した。

詩姉の彼氏は束縛が酷いらしくて、毎日疲れてもう無理だ、とかで今日はお酒を飲んで深い眠りについたらしい。


「六花はどうなの?」


「あー、女々しいところがなければなぁ、とは思ってるけれど継続中ー」


 いやいやそこは男らしいのにしようよ、と上の姉達が六花姉に説法し始めた。

いやいや姉達の説法は役に立たないんじゃ、と私はその場からちょっと離れる。


 このように、姉達の失敗ばかり見て、聞いてきた私は男というものが、恋というものがよくわからないでいた。

言い方を変えれば、慎重、だろうか。

あーだこーだ、とまだ言い合っている姉達を横目にまたため息をつく。


「──しょーがないんだよ、雪乃ちゃん」


 すると詩姉が寝返りを打って私にそう言った。


「魔が差しちゃうんだもん。しょーがないのー……」


 それは言い訳のつもりか、と言おうとしたけれど、詩姉はまた眠りに落ちていった。


 しょーがない、か……。

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