第25話
口を尖らせて必死に泣くのを我慢するけれど、涙は全然止まらない。
すんすんっ、と鼻を啜って毛布を握る。
「……どうしましたか?」
「……虹、なくしちゃって……」
「虹?」
巻神先輩は首を傾げながらまだあたしの涙を拭いてくれている。
いつか頭を撫でてくれた時みたいに、優しくて気持ちいい。
「……どっか行っちゃったんです。ピアス」
あたしの、あたしが変わるきっかけのピアスはオーロラ水晶とかで、透明なんだけれど淡く虹のように光る。
まだ買ったばかりだからいろは薄いのだけれど、店員さんは、濃くなっていく、と言っていた。
少しずつあたしの色になっていっていたのに、今はその透明も見えない。
「ああ、それならここに」
すると巻神先輩はズボンのポケットから四角に折ったティッシュを出した。
捲っていくと、ぽつん、とあたしのピアスが、出てきた。
「本を置き忘れて少し前に取りに来たんです。そしたらそばに落ちてまして」
先輩はあたしのピアスだとすぐに気づいて、教室まで行っていたそうだ。
けれどあたしは職員室に呼び出されていたし、行き違いになったようだ。
「すみません、早く届けたかったのですが」
そう言って先輩はあたしの髪を耳に掛けて、少し横を向いてください、と言った。
ピアスをつけてくれるらしく、こそばゆい手探りの指が耳をくすぐる。
「……早く泣き止んでください」
そう言われても一度泣き出すと止まらない。
つけました、と先輩は微笑んでいて、する、と髪を下ろしてくれた。
「いつも笑ってる花茨さんが泣いてるなんて、調子狂います」
「……だって、悲しかったんですもん」
「もう悲しくないはずですよ?」
「そう、ですけれど──」
「──大丈夫です。僕が一緒にいますから」
涙が、止まった。
だって先輩が近づいてきたから。
おでことおでこが、こつん、とぶつかって、手を握られたから。
「……落ち着いてきましたか?」
「……びっくりして、止まりました」
ふふっ、と先輩が笑った。
いつもよりも、五限目よりも、声も温かさも近い。
顔が、熱い。
「花茨さんと僕は共犯者です。置いていったりしませんから安心してください」
「……共犯者、ですか」
サボリ仲間、くらいのものなのに、物々しい言い方は先輩らしいというか何というか、しっくりきた。
「まき──新先輩。あたし、先輩と一緒にいると眠くなるんです」
それはそれは、と先輩は笑う。
前髪が少しくすぐったい。
「けれど、一緒にいたいんです」
もっと色々喋りたいし、色々知りたいのだけれど困った事に眠気には勝てない。
どうしたらいいのかな、と考えるけれど、けれどけれど、と考えはループしてしまう。
すると新先輩はおでこを離して、手を引いてくれた。
「何ですか?」
立ち上がっても先輩は手を離してくれなくて、そのまま屋上の扉に手をかけた。
「雨、やみましたね」
がちゃ、と開かれた扉の向こうにもう雨は降っていなかった。
きらきら、と濡れた雨は光っていて、雲の切れ間から夕方の陽が覗いている。
すると、薄っすらと遠くに虹がかかっていて、思わずあたしは喜んでしまった。
虹はこういうものだってわかっているけれど、滅多に見ないせいか見ると嬉しくなる。
「僕はここが好きなんです。明るくて、自由で──まるで花茨さんのようで。時々……起きてる時は話をしましょう。僕はもっとあなたを知りたい」
「……すぐに眠っちゃうかもです」
「いいですよ。僕は起きてますから」
すぐ隣にいる新先輩はあたしに向き合って、両手を
その手はより熱く感じて、優しくて気持ちいい。
「……あたしが起きた時、いつもそばにいてくれますか?」
目が覚めた時、誰かがいると嬉しい。
それが新先輩だったらもう、言う事は何もない。
最初に見るのが先輩だったら、もう──もう。
「あたしが好きって言ったら、好きって言ってくれますか?」
そう言うと、新先輩は顔を真っ赤にさせて、ちょっと目線を外して頷いてくれた。
それは初めて見る可愛い先輩で、新しい先輩だった。
「困りましたね……今、とても恥ずかしい」
ならばもう一つお願いだ、とあたしは爪先立ちで背伸びする。
それは我儘かもしれない。
けれど、後悔しないあたしの、もっと先輩を近くに感じたいあたしの夢だ。
「今度、先輩の膝枕で寝たいんですけれど、いいですか?」
「んぅ……はい、いいですよ」
そしてあたしは、にやっ、と笑って、先輩の耳元でこう囁いた。
「──起こす時キスしてくれると嬉しいんですけれど、どうですか?」
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