第24話

 まだですか、まだ続きますか、お説教。


 つまらない五、七、五を作ってしまったな、とため息をつく。

ついにサボった教科の先生に呼び出されてしまったあたしは、長い長い説教をされているところだ。

この先生は通称、狼先生と呼ばれる教師で、鋭い目がずっとあたしを向いている。

あたしもその目をずっと見つめ返してはいる。


「……もういいや」


 そう先生が言った瞬間、後ろ手に組んでいた手をぐっ、と握って解放を喜ぶ。


「不満でもあるのか?」


「いいえ? 特にありません」


「ふうん、ならいい。成績が落ちてる様子もないしな。ただ、悪い事はするなよ」


 それはサボリも入ってるとわかって、あたしは目線を外した。


「俺が言ってんのは、って事だ」


 後悔。

なら、あたしはしない。


「はい、しません」


「なら早く探しに行け」


 あたしが首を傾げてみせると、狼先生は自分の耳を指差した。

それに倣って自分の耳を触ると、いつものその感触が無かった。


 ピアス……っ。


 この教師はあたしがピアスをしていたと気づいていたのかと驚く。

そして、しっしっ、と早く行けと示す先生にあたしは急いでその場を後にした。


 ※


 教室に戻ったあたしはすぐにピアスを探した。

けれど見つからない。

いつからないのか、というのもわからない。

もう掃除もしてしまったし、と最悪の事も考えたけれど、ちりとりを持っていたのはあたしだ。

ピアスがあったら気づく。

なかった、はず。

他には、と考えた時、あたしの足はもう歩いていた。

屋上への階段、その踊り場へと。


 ※


 なかった。

ダンボール箱の下も、中も、毛布の中にもだ。


「……はぁ」


 ぐしゃぐしゃになった毛布を膝に乗せたまま座り込んだあたしは、そのまま壁に寄り掛かった。

伸ばした足の先に裸足の上履きが覗いている。

その爪先を左右に動かして、ふっ、と目を閉じた。

左の耳たぶを触ってみる。

いつもの小さくて、丸くて、少し冷たい感触がない。


 寂しいな……。


 そう、思った。

いつも触っているわけじゃないけれど、そのいつもの物がなくなっただけなのに。

あたしがあたしじゃなくなったような、前のあたしに戻ってしまったような感じがする。


 ……変なの。

どうしてあたし、泣きそうになってるの?


 すん、と鼻をすすって毛布を握って我慢する。

今日は雨で靴は濡れてるしまだ裸足だし、先生に呼び出しされるし、ピアスはなくなるし。

まだ屋上の扉の向こうから雨の音が聞こえるし。


 ついてない日、なのかなぁ……。


 ふと、巻神先輩の顔が頭に現れた。

いつもの少し眉を下げながら控えめに笑う顔、目が覚めた時に見る眼鏡を掛けた横顔。

最初から全く変わらない丁寧な口調。

五限目に会ったばかりなのに、もう──。


 ──先輩に会いたいなぁ……。


 そう思った時、涙がこぼれた。

今はそばにいない二つに焦がれて──。


「──どうしたんですか?」


 その時、声がした。

そしてあたしの頬に微かに、何かが触れた。


「……先輩?」


 巻神先輩がすぐそばにいた。

涙を指の背で拭いてくれていた。


「何か悲しい事でもありましたか?」


 眼鏡を掛けた先輩が、またあたしの頬を撫でた。

それが優しくて、あたしの目からまた、ぶわっ、と涙が溢れた。


「えっ、あのっ、すみません、勝手に触ったりしてっ」


 ぶんぶん、とあたしは慌てて首を横に振る。

どうして更に涙が出たかはわからない。

先輩を見た瞬間、緩んだって感じは、した。


 もう、タイミング良過ぎです。

どうしてここにいるんですか? どうして本読んでないのに眼鏡かけてるんですか?


 ──あたしの夢、覗いたんですか?

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