第21話

 ごぉん! と大きく音が鳴ったのはあたしの頭だった。


「──ぬぉぉぉ……っ」


 女の子らしくない声を出したのもあたし。


「すっ、すみませんすみませんっ!」


 痛む頭のてっぺんを撫でながら、眉間に皺を寄せるあたしは、むく、と起きて後ろを見ると、おろおろした巻神先輩がいた。


「大丈夫ですか!?」


 右手で頭を撫でて、左手で、しーっ、と声が大きいですよ、とあたしは示す。

すると先輩は、はっ、と気づいて、そっ、と屋上の扉を閉めた。


 いたたたた……せっかく良い感じで夢見てたのにぃ……あれ? 何の夢見てたんだっけ。


「すみません、あの、一応ノックしたんですけれど」


 屋上の分厚い扉をノックって。


「聞こえませんでしたよぉ。おはようございます、先輩」


「おは──こんにちは、じゃないですか?」


 今日はまだ一度も挨拶していないし、あたしは寝起きですし、と言うと、それもそうですね、と巻神先輩は屋上の扉の前に腰を下ろした。


 あたしと巻神先輩が屋上で出会うのはもう三度目になる。

今日みたいに決まって授業をサボっている五限目で、大抵あたしの方が先に来ていた。

頭の痛みで目が覚めちゃったな、と髪を撫でつける。

最初に会った時よりも気温は上がって、屋外は暑い。

といっても、教室にはクーラーがないので似たようなものだけれど。


「まだ痛みますか?」


「あ、もう平気です。石頭ですし」


「そういう事ではなく」


 巻神先輩はあたしの頭に手を置いた。

何故か頭全体を撫でまわしている。


 手、おっきいなぁ。

指が長いのかなぁ。


 ぶつかったところでも探しているのかな、と上目で先輩を見る。


「やっぱりコブ出来てますね。何か冷やすものは……ないですね。すみません」


「……ふふっ」


「どうしました? 花茨さん」


「いえ、今日もが多いなぁと思いまして。この前言ったばっかりなのに」


 巻神先輩は、すみません、が口癖のようで、あたしはそれに笑ってしまった。

来て早々、まだ数分なのに何回言った事か。


「す、すみませ──困りました、ね」


 ははっ、と笑った先輩はまだあたしの頭を撫でている。


「先輩、手ぇ大きいですねぇ」


「それはぼ──俺の方が身長高いですし、花茨さんが小さいからそう思うのかと」


「ふふっ、まだ慣れませんか?」


「……またやっちゃいましたね」


 すみません、の他にもう一つ、巻神先輩はまだ、、という人称に慣れていなくて言い直してしまう。

最初から気になっていたのでこれもこの前聞いてみたのだ。


「違う自分になるって大変です」


 人称を変えるだけで違くなるものかと思うのだけれど、真面目な巻神先輩は割りと頑固だった。


「どっちでもいいと思いますけれどねぇ」


「一番変えやすいと思ったのですが、こうなったらもう意地ですね」


 と、いう事らしい。


「ところでいつまで頭撫でますか?」


「え?」


「髪の毛がわちゃわちゃしてきました」


 もう前髪か横髪かわからないほどにあたしの髪は乱れていて、先輩はようやく手を止めてくれた。


「す、すすす、すみません!」


 まぁ今の使用は認めてあげましょうか。


「大丈夫ですよぉ、また横になりますし」


 あたしは簡単に髪を整えて、また枕に頭を落とした。

それはもう定位置になっている巻神先輩の太もものすぐそばで、仰向けになって先輩を眺める。


「俺はこれ読みたいので起きてますね」


 今度は上手く言えた先輩の手には本があった。

何もしないというのも暇なのだろうか。

そして初めてのものも目にした。


「巻神先輩、眼鏡かけるんですね」


 黒縁で、内側はモスグリーンの色をしていた。

眼鏡の有り無しでまたちょっと違う人みたいに見えた。


「……この前みたいに、起こしてくれますか?」


「はい、いいですよ。五限目が終わる頃ですね」


 はい、と頷いたあたしは、うとうと、とする視界に先輩を捉えた。

逆さまのような横顔で、本を読んでいる。

さっきまであたしを撫でていた手もあった。


 撫でられるの、気持ちよかったなぁ……。

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