4.屋上の眠り姫
第20話
──二年二組、
眠りに落ちる時、眠りから覚める時、誰かそばにいてくれたらな、と思うんです──
今日のお昼ご飯はお弁当とコロッケパンとメロンパン。
それを食べ終えて場所を移動した今、あたしの目の前にはクリームたっぷりのプリンとコーヒー牛乳がある。
ではでは、いただきまぁす。
あたしは手を合わせてすぐにスプーンを小袋から突きだした。
ぺりっ、とプリンの蓋を剥がし開けて、素早くひと口目を食べる。
美味しーい。
そしてちょうどその時、五限目が始まるチャイムが響いた。
あたしは急ぐ事なく、二口目のプリンを食べる。
今日はぽかぽかいい天気だねぇ……。
コーヒー牛乳のストローを咥えながら空を見上げる。
ゆっくりと流れる雲と同じように、あたしもゆっくりとコーヒー牛乳を飲んで、ふぅ、とひと息つく。
やっぱりここは誰も来ないし、良い場所だわぁ……。
あたしが今いる場所は屋上で、その扉のすぐ横の壁に背中をつけて座っている。
少し屋根があるのでいい感じに日陰にもなっているし、最高の場所だ。
本当ならここは立ち入り禁止で、階段の途中にも注意書きの看板があるのだけれど、あたしはもう何度も無視している。
どうしてこんなに素敵な場所なのに駄目なんだろう、と思う。
理由は一つ、危険だからだけれど。
なのに屋上の扉は、がちゃがちゃ、とちょっと乱暴に回したら開くし、どうなってんの、と思ったのが三十パーセント。
ラッキー、と思ったのが七十パーセント。
プリンを食べ終えたあたしは今日も、ラッキー、と背伸びをする。
その時、小さなバッグに入れていた携帯電話が震えて操作すると──。
──あららぁ、やっぱりぃ?
クラスの子からで、画面にはこう書かれていた。
『ももー、あんたいっつもどこ行ってんの? 先生呆れてんだけどー』
はぁい屋上にいますぅ。
いっつもごめんなさぁい。
あたしは全く悪びれる事なく、んふ、と笑いながら携帯電話をバッグに戻した。
今は五限目で生徒は皆、授業中。
なのにあたしは屋上にいる。
つまり今、授業をサボリ中だ。
だって、ねぇ?
あたしは、いそいそ、と隣に置いていたダンボール箱を開けた。
そこから薄い毛布を一枚出して床に広げる。
それとふわふわの枕も出して、準備完了。
そのまま枕に向かってあたしはゆっくり横に倒れた。
ふぁー……。
大きなあくびが出てしまった。
薄っすらと涙も出てしまったので目を擦る。
あたしが五限目の授業をサボって屋上に来る理由、それは──。
──がちゃがちゃ。
ん? やば、先生かなぁ。
そう思ったものの体は動かず、目だけ少し開いた屋上の扉を逆さに見る。
すると、見た事がない男子生徒が入って──出て? きた。
お互い少しびっくり顔で、一時停止する。
青の上履き……三年の先輩かぁ。
さすがに先輩の前だし、とあたしは起き上がって軽く会釈した。
すると先輩さんも少し遅れて同じように、ぺこっ、と頭を下げた。
ツーブロックの、さら、とした黒髪の頭に手を置いた先輩さんは、何故かまだあたしを見ている。
「……あのぉ、とりあえず扉閉めませんか?」
階段の踊り場は声が響いてしまうし、それにこのサボリ場所もバレたくない。
「…………あっ、はい、そうですね。すみません」
また少し遅れて反応した先輩さんは静かに扉を閉めて、ふぅ、と息をついた。
「──あの」
「──あの」
あ、声が被っちゃった。
先輩さんとまた目が合って、あたしは、お先にどうぞ、と手で示した。
「あ……その、まさか人がいるだなんて思わなくて、結構驚いてます」
あたしは、にっこり、と微笑んでこう言った。
「そうですねぇ。あたしもまさか先輩さんがいらっしゃるとは思いませんでした」
先輩さんと同じようにあたしも結構驚いている。
ここに隠れるようになっての初めてのお客さんだからだ。
まぁ屋上はあたしの場所でもないのだけれど。
「よかったら隣、座りませんか?」
ずっと見下ろされてるのもあれなので、と付け加えると先輩さんはまた、すみません、と言いながら座った。
そしてあたしがさっきしたように青い空を仰いだ。
「先輩さんもサボリですか?」
そう聞くと先輩さんは目を丸くさせてあたしを見た。
「これってサボリ、になるんでしょうか」
んぅ? 変な返し。
「授業抜け出しているのでそうなるかと思いますが」
すると先輩さんは、ふむ、と下唇を指でいじりながら少し考えて、それから、くす、と笑った。
それをあたしが見ていると先輩さんは、はっ、と我に返った。
「いえ、すみません。その……ぼ──俺、初めてなんです。授業サボるの」
それはそれは。
まぁ、見た感じでは授業をサボるようには見えなかったのでそう思いましたけれど。
「それであなたは──失礼、名前を聞いても?」
伸ばしっぱなしだった足を女の子座りにして、あたしは自己紹介をする。
「二年の花茨といいます。花茨百子です」
「三年の
ご丁寧にどうもどうも、とまたお互いお辞儀した。
いやはや、さっきから聞いているけれど巻神先輩は優しい口調で丁寧な言葉遣いだ。
……ふぁー。
あ、またあくび出ちゃった。
「眠そうですね」
口を押さえながらあたしが頷くと、巻神先輩は毛布と枕を指差したので、あたしは少し笑いながら枕を胸に抱き寄せた。
「巻神先輩が来なければ、あのまま寝る予定でした」
「えっ、あー……すみません」
「あ、いえいえ。あたしこそすみません。ここ、良い場所なんですよ」
「……そうですね。良い場所、ですね」
巻神先輩はまた空を仰いだ。
体育座りにしていた膝を真っ直ぐに伸ばして、ゆっくりと深呼吸している。
まるで久しぶりに息をしたみたいに。
「……あのぉ、先輩」
「なんでしょう」
「そのぉ、横になっても構いませんか? 眠くてですね」
あたしが授業をサボって屋上に来る理由は一つ、睡眠のためだ。
巻神先輩が来たので頑張って起きていたけれど、体は正直。
もう座っているのも限界なので、あたしはまた枕をいい位置に置いた。
それは巻神先輩の足のすぐそば。
「どうぞ、ぼ──俺に気に使わなくて大丈夫ですよ」
「……ふふっ」
あたしはちょっとだけ笑いながら枕に頭を落とした。
まふっ、とした枕の心地いい場所に頭を置いて、ふぅっ、と息を吐く。
それから少々鬱陶しい自分の長い髪を右肩の方に集め寄せた。
「いつもここでこうやって?」
「んー、いつもってわけではないです。今日は駄目だぁ、って思いまして」
「眠くてですか?」
「はい。アリーナ席で寝るのはクラスメイトにも先生にも申し訳がないもので」
あたしの席が一番前の真ん中。
すやすや眠るあたしがどうしても目に入るだろうし、先生の目も怖い。
なんて、眠ってしまえば全くわからなくなるのだけれど。
「先輩はどうしてここに?」
すると巻神先輩は軽く首を傾げながらこう答えた。
「……下を向いているのが、嫌になったからです」
下?
逆さに見える巻神先輩と目が合った。
薄く微笑んでくれて、少し恥ずかしそう。
「サボリなんて似合わない、って思ってますか?」
「……まぁ、はい」
「ははっ。花茨さんもそうは見えませんよ」
じゃあどういう風に見えているのだろう。
どういう風に見られても気にはしないのだけれど。
「先輩の方がよっぽどです」
成績とか良さそう、と言うと、一応首席と次席を行き来してます、と答えが返ってきた。
わぉ、と驚くあたしも一応毎回十位以内の成績を保ってはいる。
「……変わらない毎日を少しだけ変えたくて──知らなかった。禁止の場所がこんなに気持ちいいだなんて……」
そう言った巻神先輩を上に眺めていたあたしだったけれど、多分数分後、眠気に勝てずにそのまま眠ってしまったようだった。
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