第17話

 ……白い、音符?


 立てかけられた看板をよく見れば、八分音符の丸いところがティーカップになっている。


 喫茶店、なのかなぁ。


 アンティークみたいな格子がしてある窓から私は覗いてみた。


 ……テーブル、小さくない? なんか下の方って言うか……。


 数歩下がってまたお店を見て見る。


 変わったとこはないのに……──。


 すると、かりかりかり、という音が耳に入って、白い猫が木の扉で爪とぎしちゃってる、と驚いた。


「──わっ、だ、駄目だよっ」


 慌てて抱き上げて、とりあえず重いので、扉から少し離して白い猫を下ろすと、ぴょんっ、とベンチに飛び乗った。

看板に頭を擦り付けて、尻尾を動かして、まるで動くオブジェのように私を見つめる。

そして、にゃあ、とまた鳴いた。


 ……入れ、って言ってるの?


 にゃあ。


 ほんと、会話してるみたいだね私達。


 私は、ふーっ、と笑いにも似たため息をついて、木の扉につけられたくすんだ金色のドアハンドルに手をかけた。

がちゃっ、と音が鳴って扉を引くと、ぎぎっ、と軋んだ音がした。

少し屈みながら中へと入っていくと、いい匂いが鼻をかすめた。

そして扉の低さも忘れて、すくっ、と背を伸ばした私は、店内を見て、ほぅっ、とした。


 半分、地下になってたのね……。


 入口の小さな扉を抜けた先は、お店だった。

音符マークの看板の絵の通り、喫茶店だった。

奥にカウンター、そして二人掛けのテーブル、四人掛けのテーブルがちらほらと置かれていて、窓から見た時小さかったのは、入口からすぐにまた下に降りるようになっていたからだった。

ぱたん、と木の扉を閉めて、私はその階段を降りていく。

細い手すりに手を滑らせながら、きょろきょろ、と頭を動かした。


 天井、すごく高い……大きなシャンデリアもアンティークかなぁ。

扉と違ってお店の中の木の色は焦げ茶色、壁に写真──じゃないや、モノクロの絵がいっぱい……わぁ、大きな時計──。


 柱かと見間違うほどの大きな時計に私は目を奪われた。

英数字の時計版に、素敵な彫刻、振り子が左右に揺れている。

古く、ずっと前から奏でているであろうその音は耳に入ってくる。


 いい音……──。


「──いらっしゃいませ……って、あれ?」


「えっ!?」


 突然の声に私は鞄を胸に抱えて振り返った。

カウンターから声を掛けてきたのは──。


「──あ、アキ君!?」


 私は口を開けたまま驚いた。

何でアキ君がここにいるんだろう。

けれどカウンターの中にいるし、バーテンダーみたいな服を着ている。

いつの間にか私はアキ君を指差してしまっていて、慌ててその指を折り曲げてぎこちなくお辞儀した。


「ははっ。サイさん、いらっしゃい」


「い、いらっしゃい、ましたっ?」


 何それ、とまたアキ君に笑われてしまった。

恥ずかしくて顔が焼けそうに熱い。


「一人?」


「う、うん」


「よく来れたね。こっち側来た事なかったんでしょ?」


 そうだ、と私は思い出して、おずおず、とカウンターへ向かう。


「あ、あの、これ……届けに来たの」


 ちゃり、と私はテーブルに懐中時計を置いた。

するとアキ君は目を丸くさせて時計を見て、そして私を見た。


「あ、あのね、椅子に落ちてたの。置いて行くのもあれだったから、学校から追いかけてきたんだけれど、アキ君歩くの速くって。それで、ちょっと迷子になって、でも猫についていったらここに着いて──」


 私、何言ってるんだろ……。


「──猫って、? 金と青の目の」


 そうそう、と私は頷く。

変な名前というのは言わないでおこう。


「この店の猫だよ。いい道案内するじゃん、猫のくせに」


 アキ君はまた笑って懐中時計を手に取った。


「サイさんありがと。これ、大事なもんなんだ」


 そう言いながらアキ君は持った親指で装飾を撫でた。

ほっとしたような顔の彼は初めて見た。

やっぱり届けてよかった、と思った。


「……あ、ごめん。座って。せっかくだから何か食べてきなよ」


「えっ、でも私、持ち合わせあんまり無い──」


 ──奢りに決まってるだろ、とアキ君は笑いながら水をグラスに注いでくれた。

喉は乾いているので、じゃあ、と足が浮いてしまうカウンターチェアーに腰を下ろす。


「……アキ君、ここでバイトしてるの?」


「バイトっつーか、手伝い。ここ、婆ちゃんがやってる紅茶の店なんだ」


 俺ん家は隣、とメニュー表を渡してきた。

開くと聞いた事もないような紅茶の名前がずらずらりと並んでいる。

紅茶は好きだけれど、どの種類がいいかとかさっぱりわからない。

メニュー表の上端から、ちら、とアキ君を見ると、すっ、とメニュー表を取られてしまった。


「俺が選ぶって事で?」


 助かります。


「それとさ、ちょっと試食、頼まれてくれない?」


「試食?」


「そ。部活のあれでもあるんだけど──ケーキ、好き?」


「うん!」


 私は子供のように喜んでしまった。

けれどすぐに笑うアキ君に気づいて、小さくなったのだった。

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