第16話

 ……ここ、だよね……?


 私はアキ君が曲がったと思われるところで立ち止まっていた。

それはお店ではなくて、小道だったからだ。

そしてもう一つ、完璧にアキ君を見失ったからでもある。

小道は緩やかで奥行おくゆきのある上り階段になっていて、ちょうど人が一人通れるくらいの幅だ。

私は商店街の通りをもう一度確認する。

そして近くに設置された置き看板を見て、ここで合ってる、とまた小道に目を戻した。

アキ君が曲がった時に咄嗟に見た看板は和菓子屋の看板で、間違いなくこのお店とお団子の絵だと確認する。


 ここまで来たし……うん。


 懐中時計を握り締めて、私は小道へと入っていった。


 日陰になっているけれどそんなに暗くはない。

屋根があるわけでもないし、ところどころに陽が射しているし、足元は大丈夫そう。

それに小汚い路地裏という感じでもないし、ちゃんとした道だ。

小道を挟んでいる壁にはつたの葉が張り付いていて、あっという間に商店街の賑やかな音が薄くなっていって、まるで別の世界に来たような感覚に陥った。


 商店街も私にとって別世界だけれど……不思議……。


 もうすぐ小道を抜けれる、と思った時、階段の上の方に白い物が見えた。

丸くて階段のど真ん中に落ちているそれは、ビニール袋か何かかな、と思ったけれど、動いて驚いた。


 金色と……青?


 白の中に二つの色が見えて、そして動く長いものが見えた時、気づいた。

猫だった。

ちょっとびびったけれど、久しぶりの猫に私のテンションが上がる。

ごろん、と寝ている猫は首だけ起こして私を見ていて、ふさふさの尻尾の先を地面に叩くように上下に振っている。


 金色と青のオッドアイ……わぁ、この子、青が凄く濃いのね……。


 逃げないでね、と私はゆっくり、静かに近づく。

種類はわからないけれど、真っ白な毛は長くて、見るからにふわふわしている。

うずうず、と我慢も限界なので、そっ、と手を伸ばした。


 あれ? 人慣れしてるのかなぁ。


 顎の下を触ろうとしたら白い猫は私の手に足を乗せてきた。

まるで犬のお手のように、ちょっと太くてやっぱりふわふわな足と握手する。

しゃがんで顎の下や背中、耳の後ろを撫でてやると気持ち良さそうに、ごろごろ、と鳴いてくれた。

可愛いなぁ、と夢中で撫でていると、猫が何かを見ているのに気づいた。

私の膝辺りかな、と足をずらいてスカートを抑える。

そして白い猫は、むく、と起きて座ると前足を上げてきた。


「あっ、これ?」


 左手に持ったままの懐中時計のチェーンに興味を持ったみたいで、振り子のように左右に揺れるチェーンを白い猫はロックオンしてしまった。


「わっ、わっ、ごめん。これは駄目なの!」


 慌ててチェーンを手の中に引っ張り上げたけれど白い猫も飛んできて、びっくりした私は後ろのめりになりつつも立ち上がった。

もうチェーンは手の中だというのに、白い猫は私の手をじっ、と見たまままだ尻尾を振っている。


 うぅ、ごめんってばぁ。


 すると諦めたのか、白い猫は私の足首に体をすり寄せてきた。

靴下の上からでも柔らかい毛の感じがわかる。


「……ふふっ、くすぐったいって──あ」


 また撫でてあげようと前屈みになった時、白い猫は私の手をすり抜けて階段を上がった。

そして私に振り向いて、にゃあ、と可愛い声で鳴いて──。


 ──ついてこい、って言ってるの?


 何故かそう思った私は、白い猫についていく。

三歩くらいで届く距離になると白い猫は離れるように前を歩いていって、小道の先へ抜けていく。


 ……家?


 小道の階段を上がった先は広い通りに面していた。

商店街のようにお店もなくて、人も少なくて、閑静かんせいな住宅街だった。

まさかこんなところに抜ける道だったなんて思いもしなくて、私は、きょろきょろ、と辺りを見回す。

そして思った。

完全に知らないところに来てしまった、と。

するとまたわつぃの足首にすり寄ってきた白い猫は、小道から出て右の方へと歩き出した。

ちら、と振り向いて金色の左目をきら、と光らせて私にまた


 どうせ迷子だし、いいよ。


「……にゃあ」


 そう答えた私はまた白い猫の後ろを歩き出した。


 何で私、こんなにわくわくしてるんだろう。

本当に不思議、何て言ったらいいんだろう──。


 ──映画みたい。


 ローマの休日じゃないけれど、そんな感じ。

知らない町を歩いて、美味しそうなお店を見つけて、細長い小道を抜けて、初めて会った不思議な猫についていっている今。


 ……うん。

部活のノート、良い感じに書けそうかも。


 にゃあ。


 白い猫がタイミングよく返事してくれたので私は笑ってしまった。

けれどどうやら私に返事をしたのではないらしい。

白い猫はある家の、扉の前に止まっていた。

誰かの家かな、なんて思ったけれど違うようだ。

通りを表に車が止めれるくらいに引っ込んでいて、白い壁が洋風っぽくて、黒い鉄で出来た格子はアンティークみたいに可愛い形をしている。

そして入口と思われる木の扉は、私の肩くらいの高さで低かった。

その扉の横にはシンプルな二人掛けのベンチがあって、そこには小さな看板が立てかけられていた。

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