3.寄り道迷子のアリス

第14話

 ──一年二組、犀川サイカワ有子アリスです。

恥ずかしいので苗字か、ユウコ、と呼んでくれていいです──


 ふぅ……今日も学校終了ー。


 帰りのホームルームが終わってすぐ、手を組んで背伸びをした。

今日は部活も休みだし、家で何しようかな、と私は小さくあくびをする。


「サイちゃんばいばーい、また明日ー」


 クラスメイトはそれぞれ部活に小走りで教室を出て行く。

私は手を振ってそれを見送った。

そろそろ夏の大会があるとかで運動部は忙しいみたい。

背中の真ん中まで伸びた髪の毛を後ろまで振りやって、ふぅ、とまた息をつく。

もう暑くなってきたし結んでもいいかもしれない。

それか思い切って短くしちゃうか、と思った時、思い出した。


 昨日のノート書かなきゃだった……。


 ここ、聖櫻せいおう学園はこの辺りの高校でも結構有名だと聞いた。

全員部活制で、部活動の数も数えるのが面倒なほどある。

まだ聞いた事がないような部活もまだある。

ちなみに私は映画部に所属している。

活動内容は主に映画鑑賞だ。

最初入った時は自主製作でもするのかなと思いきや、それは一度も行われた事がないらしくこれからの予定にもない。

それでも映画部は楽しい。

先輩達から教えてもらったオススメの作品は今のところハズレはないし、パンフレットを見せてもらえたりといい事もある。

私は机から部活用のノートを引っ張り出した。


 これさえなければなー……。


 映画部では鑑賞した映画、DVDなどの感想を記録として書かなければならないのだ。

部長や副部長は根っからの映画マニアで、監督の名前から撮影場所まで調べ上げてしまうくらい凄い。

私はそこまでマニアックではないので、本当に映画の感想くらいしか書けないのだけれど、これがなかなか難しくて悩んでいた。

昨日は映画部の皆で名作と言われる映画を観た。

先輩達は何度も観ているけれど、何度観てもいいとかで毎年恒例らしい。

私は筆箱からシャーペンを取り出して、くる、とペン回しする。


 何て書こうかな……。


 顎でシャーペンの芯をかちかち、と出した時、隣の席の男の子が身を乗り出して覗いてきた。


「へぇ、ローマの休日か」


 白音アキネ雅兎マサト君だ。

私達は六列になっている机らのちょうど真ん中の席で、たまにこうやって話したりしている。

同じくらいの身長で、耳にかかるくらいの髪は、ふわふわ、ゆるい癖がついている。

前髪とか目にかかって鬱陶しくないのかな、とちょっと心配になってしまう。


「う、うん。映画部の感想ノートなんだ」


「ふぅん。これ、婆ちゃんが好きでよく一緒に観てたな。何回観たかなー、五回は観た気がする」


「先輩はそれ以上観たって言ってたよ。ってお婆ちゃんと仲良しなんだね」


 私は白音君をアキ君と呼んでいる。


「ところで


 アキ君は犀川のサイを取って、私をサイさんと呼んでいる。

これはアキ君が呼びだしたのが始まりで、それがクラスメイトにも定着してしまった。

サイさん、サイちゃん。


 ……ま、名前呼ばれるよりはいいけれど。


「英語のノート、見せてくれない?」


「ん? もしかして昼休みに呼び出されてたのって、それ?」


 アキ君は英語の授業中、うとうと、と居眠りしてしまっていて、英語教師に注意されていたのだ。

うん、と斜めに頷くアキ君の顔は曇っていて、私は思わず笑いそうになったのを堪えた。

隣の席のよしみだ、ノートを貸してあげよう。

どうやら今日の授業のノートを提出しなさい、との指導が入ったようだ。


「うぉ、サイさんって字、すげぇ綺麗なのな」


「そっ、そんな事ないよ」


「ううん、めっちゃ見やすい。このイラストとか」


 わーっ、絵は下手なので!


 ノートを奪い返そうとしたけれど、ひらり、とけられてしまった。

私は重要だったりポイントになるところに猫の絵を描くのだ。

それも顔だけで、至る所に描いている。

ノートなんて自分しか見ないし、すっかり忘れていた。

アキ君は早速ノートを写し出した。

顔を手で覆っていた私は、もじもじ、と恥ずかしくありながらも、部活の感想ノートに取り掛かる。


 えと……まずは簡単なあらすじと登場人物……──。


「──猫、好きなの?」


 書き出してすぐ、アキ君が聞いてきた。


「うん、好きだよ?」


 筆箱も猫の絵が描いてあるやつだし、鞄にも小さな猫のぬいぐるみのキーホルダーをつけている。

ノートのイラストも、鞄も筆箱にも指を差してくるアキ君はわかっているのに聞いたようだ。

どうやらからかわれたみたい。


「だよな。俺も猫好き」


「そうなの?」


「飼ってんもん」


「いいなぁ。私、こっちに来てからほとんど猫見てないんだぁ」


「そういえばサイさんって引っ越してきたんだっけ」


 そう、私は中学卒業と同時にこの土地に引っ越してきた。

全然知らない町で、高校だ。

知り合いもいない初めましての人達ばかりで不安もいっぱいだったけれど、ちょっとは慣れたと思う。


「まだ家の方の道くらいしか知らないんだ。色んなとこ行ってみたいとは思うんだけれど、学校に部活、忙しくてさ」


 せっかく出来た友達も部活が違ってなかなか時間も合わない。

一人で、とも思ったけれどそうしたら迷子確実だろうな、とかも思う。

それに一人は寂しいので。


「じゃあ俺ん家の方には来た事ないんだな」


 アキ君の家は学校から見て私の家とは真逆の方にあると聞いた。

私はバス通学、アキ君は徒歩通学で、学校から割と近いらしいのだけれど、とんと検討がつかない。


「ま、部活やってたらきついよな」


「アキ君って料理部だったっけ?」


 洋菓子研究部だよ、とアキ君は言った。

男の部員は俺一人だから肩身が狭い、とまた曇り顔を見せる。


 この学校は料理系の部活が幾つもあって混乱する。

料理部、グルメ部、スイーツ部──洋菓子研究部と何が違うのだろう。

とりあえずアキ君が甘い物好きって事は初めて知った。


「部員が集まってどうこうっていうのは週に二回くらいしかないから楽な部活ではあるけどなー」


 それは映画部も似たようなものだ。

洋菓子研究部は一週間に一度、どの洋菓子を作るか自分で決めて、そして作るらしい。

それは家でもいいし、調理室でもいいとの事だ。

先輩達はグループでバケツプリンなどの巨大お菓子に挑戦中らしい。

研究──まぁ、研究、っぽいような。

面白い部活、いや、先輩達なんだね、と私は笑った。


「よっし、ノートさんきゅ。って、やっべ、もうこんな時間じゃん。提出明日の朝にしよ」


 何か急ぎの用事でもあったのだろうか、アキ君は手早く荷物を鞄に入れて、がたたっ、と机を揺らしながら席を立つ。


「じゃあな、サイさん」


「うん、お疲れ様──」


 ──もう走って教室を後にしたアキ君の背中を見送った時、椅子の上にある何かに私は気づいた。

丸くて薄くて、チェーンも見えた。

私は、ちゃりっ、と手に取った。


 ……懐中時計?


 珍しいな、と思いつつ私は、はっ、とする。


 もしかして忘れていったんじゃ……っ。


 けれどアキ君はもう教室にいない。

それどころか走って行ってしまった。


 ……ああっ、もうっ!


 高級そうな時計を教室に置いていくのも気が引けた私は、荷物を鞄に入れて、そして懐中時計を握り締めて席を立った。

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