第12話

「──本当にすみませんでした!」


 だからもういいってば……。


 自動販売機でトマトジュースを買っていた私は、この前の一年生の女の子さんに頭を下げられていた。

三日ぶりに登校した今日だけでもう五回目だ。

正直もう参っている。

ふぅ、とため息をついて、どうしたらこの子は気にしなくなるんだろう、と考える。


 とりあえず──。


 私はもう一つ、トマトジュースを買った。

そして通路の端にある低い段差のところに座って、女の子さんに手招きする。

今は昼休みでお弁当も食べ終わったし、一所に休憩でも、と誘ったのだ。

女の子さんはすぐに私の隣に腰を下ろした。


「──はい、トマトジュース」


「えっ! あ、は、はい……」


 私は笑った。

湊君と同じようにこの子も私の声に驚いたからだ。


「あ、あの──」


「もう謝らなくていい」


 あの後、先生を呼んでくれたりと色々迷惑をかけてしまった。

謝るのは私の方──違う。

こういう時はこう言わなきゃ。


「ありがとう」


 面食らったような顔になった女子さんは何とも言えない顔になって、トマトジュースを飲み出した。


「……先輩の声、素敵です」


 そうかな。


 ふふっ、と笑った私に女の子さんは足を投げ出して空を見上げて、そしてこう言い出した。


「あたし、清海君にフラれました」


 ……こういう時はどう言ったらいいのやら。


「ずっとずっと好きで、でもあたしよりもっと好きな人いるんだって言われました」


 へぇ、水泳一筋って感じなのに。


 ふぅん、というようにストローを吸っていると、女の子さんは、かっ、と目を見開いて見つめてきた。

そしてその目が少し潤んでいるのに気づいた私も目が開いた。


 そっかぁ……頑張ったんだねぇ。


 私は、頑張った頑張った、と女の子さんの頭を撫でた。


「……今日はプールに行かないんですか?」


 予定は未定。


「清海君、待ってますよ」


 待ってる? 何で?


 私は首を傾げてみせた。


「……先輩ってやっぱむかつく」


 えっ、何で?


 私は手を上下に、ぱたぱた、とさせて慌てる。

だっていつもは私が勝手にプールに行くだけで、約束なんかした事もない。

湊君が待ってるなんて思った事、一度もなかった。

私は、私だけが楽しみにしてるとしか思っていなかった。


「──言わなきゃわかんないんですか?」


 どきっ、とした。

それは女の子さんがそう言った瞬間、とても綺麗に見えたからだ。

それから、何かが胸に刺さるような感覚がしたからだ。

私は女の子さんの手を取って、その手のひらを自分の胸に寄せた。


「なっ、何やってるんですかっ」


 周りには他の生徒がいるけれど、そんなの関係ない。

私は教えてほしかった。

この前とは違う、いつもの慣れた感じとは違う、この動悸の意味を。

女の子さんは焦っていたけれど、私の顔を見てから思いっきりため息をついてから、初めて笑った顔を見せてくれた。


「……もうわかってるじゃないですか」


 そう言った女子さんはやっぱり、ふんっ、と顔を逸らすようにしてその場を後にした。

トマトジュースご馳走様です、と少し浮かれているような、そんな足取りに見えたのは、きっと気のせいじゃないと思う。

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