第9話
グラウンドでは運動部の人達が元気よく走り回っている。
立ち止まってそれを眺める私が走ったのは随分前の事。
暑そうだな、きつそうだな、と思うのはもちろんだけれど、こう思う。
羨ましいなぁ、って。
するとクラスメイトの子が私に気づいてグラウンドの遠くから手を振ってくれた。
私は軽く手を振って、部室棟の前へと歩いていく。
部室棟は二棟に分かれていて、その間を通り抜ける。
プールは部室棟を挟んでグラウンドとは真逆の場所にあるのだ。
グラウンドはここより少し下にあって、プールは少し高台にあるので十数段の石の階段を上って、ようやく到着。
オアシスはっけーん。
着いた事で満足感はあったけれど、日陰が少なかった。
一基だけあるベンチの上に屋根はあるけれどプールの
あ、何かさすがに上履きは駄目っぽそう。
開いたままの日傘をベンチに置いて、私は上履きと靴下を脱いだ。
──熱ぅ!
爪先立ちになっても床が熱くなっていて、私は慌てて日傘を差して、本を持って移動する。
ちょっと失礼、と落ちないように爪先だけプールの水につけてみる。
結構冷たくて、熱せられた足の裏が気持ちいい。
反対の足もそうして、誰もいないし、と私は本と日傘を床に置いて、スカートの裾を上げて座った。
そして、ぽちゃん、とゆっくりプールに足を入れた。
ちょうど曲げた膝のところが水面で、これならスカートも濡れない。
……あはっ、ちょっと楽しいかも。
水が私の足に押され、
きらきら、と陽に反射するプールの水は澄んでいて、綺麗な水の色をしている。
プールの底は綺麗な青空を鏡映ししているみたいに、鮮やかな水色だ。
いい場所、見つけたかも。
日傘を差して本そっちのけで緩やかにバタ足をしてみる。
水って重いんだ、と思った。
ぱしゃんっ、と足を蹴ってみたら反動で後ろに倒れそうになってしまって、片手をついて耐える。
何でもない事なのに、私は面白くてちょっとにやけていた。
それからまた、ぱしゃっ、ぱしゃんっ、と水を動かして遊んでいると──。
──生首、じゃなくて、顔だけ出てる……。
階段に誰かいた。
見た事のない男の子で、目を丸くして私を見ている。
私と目が合ってもそのままで、白いティーシャツの肩が見えて、首元には水中ゴーグルがあった。
水泳部の人?
私は、ちょいちょい、と手招きして呼び寄せる。
すると男の子は恐る恐る、といった感じで、おずおず、と近づいてきた。
私はプールサイドに座ったまま男の子を見上げる。
「……芹ヶ野、凪先輩、ですよね?」
そうですけれど、あなたは誰ですか?
私は頷いて、首を傾げた。
「あ、俺、水泳部の
どうも初めまして、湊君。
どうやら水泳部が廃部になったというのは私の勘違いだったらしい。
一人なのかな、と湊君の後ろを見るけれど誰か来る様子はない。
「えと……何、してるんですか?」
見ての通り足プールですが。
私は、ぱしゃん、と軽く水飛沫を上げてみた。
そうしてからまた湊君を見ると、何故か顔を背けている。
「ああああの、これ、その、足に掛けてくれません?」
湊君は大きなタオルを私に渡してきた。
どうやらスカートの裾が上がっている私の足が気になるらしい。
私よりスカートが短い子は沢山いるというのに。
けれど頬を染める湊君が恥ずかしそうなので、仕方なしに膝にタオルを掛けた。
座ったら?
そう右隣の床を手で差すと、湊君はまた、おずおず、と近寄ってきて私と同じようにプールに足を入れる。
私はそんな湊君をじっ、と見ていた。
黒い短髪、ちょっと垂れ目で下まつ毛が長い。
ティーシャツから伸びた腕も水の中に入っている足も日焼けしている。
身長も高くて、私は湊君とは逆の方に日傘を持ち直して少し見上げる。
──何でしょう。
ちょうど目が合って、私は湊君の目を見たまま首を傾げた。
「……えっと──」
どうやら緊張しているようだ。
「──湊君は水泳部で、一人なの?」
「えっ!? あ、はいっ。って、先輩って喋れるんですね……想像より声、低い」
ええ、まぁ。
どうやら湊君も私の声がレアだと思っていたようだ。
全く、噂というやつは鬱陶しくもあり恥ずかしくもある。
「す、すみません。低い声とか女の人に」
別に怒ってないよ?
「ねぇ、水の中ってどんな感じ?」
私は聞いてみた。
一度も泳いだ事はないし、多分カナヅチだ。
すると湊君は、うーん、と少し考えてから立ち上がった。
「こっち──あ、手……ど、どうぞ」
湊君は手を貸してくれた。
ぽちゃん、と水から立ち上がった私は湊君の後ろをついていく。
立つと身長差がよくわかった。
肩の位置が私の目線だ。
そして連れてこられたところはプールサイドの端っこで、その壁の前だった。
そこには手鏡くらいの大きさのステンドグラスがはめられていた。
波打った表面が透明に近いような水色で、ところどころが陽に反射して白黄色に眩しい。
「こんな感じ、です。ちょっと違うと思うけど──」
私は、ぺたん、と座り込んで、少し下の方にはめられたステンドグラスを覗き込んだ。
──違うなんて、ない。
だって。
私は、そっと指でなぞってみた。
水みたいに冷たくはないけれど、それに触ったかのような感覚になった。
ガラスの向こうはよく見えないけれど、その色がもう、何て言うか。
それから私は飽きずにずっとそのステンドグラスを見つめてしまっていたのだった。
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