第4話

 教室棟にある下駄箱を抜けて、正門前から部室棟へ続く屋根付きの通路を通っていく。

外はやっぱり陽射しが強くてより暑くて、半分になったオレンジジュースが喉を潤してくれる。

部室棟はコンクリート造りの二階建てになっていて、運動部の数だけ──それ以上の部屋があるので横に長くて扉がいっぱいあった。


「どこ?」


「二階の端っこ」


 角部屋とはまた良い場所だ、と聞いてみると、毎年春になると部室決めじゃんけん大会が開かれるらしい。

部長達がトーナメント制でじゃんけんして言って、勝った順位で好きな部屋を選べるとの事。

それでアチェ部は一番になって、どの部も狙っていた角部屋をゲットしたという。

毎年部室が変わるのは物置状態にならないようにするため、という理由らしく、上手くやってんだなぁ、と私は思った。


「おお、プールの真上じゃん。いいねー、泳ぎたーい」


 二階の柵に手をついて、下に広がるプールを見下ろす。

きらきら、と光が反射して綺麗だ。


「一応男ばっかの部室だから、ここで待ってて」


 はーい、と最初から入る気はない私はプールを見下ろしながら答えた。

だって男の子の部室って変な匂いがしそうだし、とは言わないでおく。

するとプールサイドに白い傘が見えた。

誰か座っているのか、レースの傘のふちが見えて──。


 ──あれって、ナギ


 凪は私と同じクラスの女の子で、長い黒髪がすっごく綺麗で、あまり喋らない子で、ちょっと体が弱い子だ。

それなのにこの暑い陽の下で、プールだなんて大丈夫かな、と呼ぼうとした時、私は慌てて口を手で押さえた。

見えないプールの手前に誰かいたようで、凪がその人と喋っていたのだ。

無口な子が珍しいと思ったけれど、笑いながら喋っている。


 珍しー……。


「──ほい、お待たせ森岡」


「あ、うん」


「ん? どうしたよ」


「ううん、ちょっとね、レアなもん見たなーって思って」


 伊吹も柵に寄り掛かってプールを見下ろす。


「ああ、芹ヶ野セリガノだっけ? たまに来てるぞ」


「えっ、そうなんだ」


 ここからよく見えるしな、と伊吹は言う。

凪は裸足で向かい側のプールサイドのふちに座って、足だけをプールに入れている。

軽く、ぱしゃぱしゃ、と水を蹴っていて、それから、ばしゃん、と話をしていた誰かがプールに飛び込んだ。

水泳部の誰かなのだろう。

波打つプールの水がまた、きらきら、と光っているのを見ながら、私達は部室棟を後にした。


 ※


「忘れ物って?」


 部室棟の階段を降りて、一階の部活の前を通りながら私は聞いた。


「数学のノート」


 げ。


「……そろそろ居残りプリントやった方がいんでない?」


「えー……」


 どんだけ嫌いだよ、と伊吹が苦笑いをしている。


「教えてやろっか?」


「マジで!?」


 森岡よりは解けると思うし、と上から言う伊吹だけれど心の底から有難いと私は数歩だけスキップする。

本当に数学だけは苦手で、しかも逃げてきちゃって、それもバレているわけだし──と思った時、部室の一室から大きな声が聞こえた。

思わず足を止めて伊吹を顔を見合わせる。


「……びっくりしたね」


 私がそう、ひそひそ、と言うと伊吹は、うん、と頷いた。

ここからか、と扉の上にあるゲーム部のプレートとその扉を見つめる。

すると今度は、がたーん! というけたたましい音が鳴り響いて、私は思わず伊吹のシャツを掴んでその背中に隠れた。

伊吹もちょっと後退りしていて、それからすぐに私達は早歩きでその場を離れた。


「げ、ゲーム部って一組の──」


「──黒崎クロサキだっけ。あいつかな……」


「いつも一緒にいる……えーと──」


「──オオトリさんな。同じゲーム部の」


 するすると名前がよく出てくるな、とそれは置いておくとして今の音は結構、あれだ。


「だ、大丈夫かな?」


「誰といるかはわかんねぇけど、付き合ってたら色々あるんじゃねぇの?」


「えっ、黒崎君と鳳さんって、つ、付き合ってんの?」


 知らないのはお前くらいじゃねぇの、と伊吹に言われてしまった。

見た目ヤンキーの黒崎君と、普通な感じの鳳さんのカップルというのは結構有名らしい。

けれどさっきの音は、と気になるけれど、あんま首つっこんでもいい事ない、と伊吹に言われて、私は、それもそっか、とつっこまない事にした。

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